極上の餌


コンコンコン



再びドアをノックされ、その音に彼女はぴょんと俺の腕からすり抜けた。


何かを言おうとしていたし、何より、そのぬくもりはまだまだ味わいたかったのに。

バットタイミングに内心舌打ちするが、先にあのホテルマンの牽制に応えたのは俺自身だから仕方ない。



ドアを見つめ、どうしたらいいかと戸惑う彼女に、

「俺の作家生命を絶ちたくなかったら、言うとおりにしておいて」

彼女の耳元で我ながらずるい脅迫をすると、意外にも素直に頷いて見せた。



おや? 

これは脈ありか?


心がほくほく温まる感覚を抱きながらドアを開けると、案の定、S新聞社の幹部と文芸部長……、それに、どういう了見なのか吉田もいた。

二人の男の後ろで整えたキレイな女豹の笑みで、正しい礼をし、俺を見た刹那、部屋の中の彼女の存在に気付いたのだろう、瞬間にしてその背後を睨みつけた。





「広橋先生、今日はありがとうございました。お陰様でお客様の反応もすこぶる良く、M新聞社の連載小説が完結された暁には、是非、弊社朝刊でも連載を……、小説でなくとも、エッセイでしたら、今からでも可能ではないでしょうかね? そうだ、エッセイがいい。先生の近影も弊社でスクープさせてください。どうです?」

入室するなり一気に言う幹部に、文芸部長が困り顔で控えている。

控えてないで、止めろよ、おい、近影なんて絶対に載せるもんか、おい、止めろって文芸部長! と思うが、この幹部の押しの強さは父の頃から知っている。

まだ学生の俺に父のアシスタント的な事を勧めたのもこの人だった。

苦笑で言葉は右から左へ聞き流すが、押しの強さで幹部にまでなったような男はまだ続ける。


「エッセイのテーマは早急に担当者を付けて打ち合わせに伺わせていただきますよ。昨今はご承知の通り新聞購読率は急降下ですから電子版なんてしゃらくさいものを社内では推してましてね、つきましては、生活に密着した、時事ネタがいいんじゃないかと私はね、思うんですよ。ということは、担当は文芸部よりも社会部か? いや、社会部は駄目だ、あいつらはガツガツしていて先生の作風とは合わない……、では、やはり、文芸部から……、部長、引き続き先生の担当は文芸部で、是非、エッセイを……」

「後のことはお任せください」


慣れてなければドン引きな状況だが、文芸部長はやや頬を引きつりながらも笑顔で幹部を一言で納得させた。


おいおい、俺はエッセイなんて受けないぞ。

俺はこれから甘い甘い新婚生活を始めるんだ。

彼女の返事はもらってないし、反応も得られてない状況だけど、7年間も追い続けていたんだ、これくらいの妄想は許してくれ。


体よく断ろうとする俺の前に吉田が出てきた。




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