極上の餌
『一線を越えた仲』とは言い得て妙で、琴音はすっかり俺に慣れ、それでも時々抑えきれずに伝える俺の愛情表現には初々しい反応をするのが可愛らしくて仕方ない。
道中、大学に着くまで琴音は、卒業研究の事、それの発表会当日よりも、担当教授の前でする事前リハーサルの方が緊張する事などを楽し気に話してくれる。
研究発表が終われば、あとは研究室の明け渡しに向けて片付けだけで、それも終われば卒業旅行、だそうだ。
「どこに行くの?」
「京都です」
「へえ~、今時は海外に行く学生も多いんだろ?」
「研究テーマが日本の古典文化なので、学生最後に総仕上げです」
「卒研も終わってから?」
矛盾を指摘すると、
「あは、春の京都、綺麗だから」
笑って言うから、
「うん、理由は後付けでいいよね」
釣られて俺も笑った。
「京都って言えば、次のトークショーは京都が会場なんだ」
「そうなんですか!? 同じ日程だったら、京都でもご一緒できますね?」
素直に喜んでくれる彼女の反応が嬉しいが、
「卒業旅行の邪魔したりしないよ、若い者同士で楽しんでおいで」
と、大人らしく遠慮してやると、
「若い者同士って……、お見合いじゃないんだから」
とコロコロと鈴が鳴るように笑っている間に大学に着いてしまう。
琴音の向かう文学部の研究棟に一番近い通用口付近に車を止める。
こんな時、母校だからキャンパスマップが頭に染みついているのが役立つ。
「また、いつでも会える時は連絡して」
「はい」
「俺も缶詰部屋に連行されないよう頑張るから」
俺の言葉に琴音が急に小さくなった声で言った。
「餌は……、美味しかったですか?」
言ってる意味が分からず一瞬呆けると、
「きゃあ! 忘れてください!」
と、突然、琴音は慌てて荷物を持ってドアを開けようとする。
「ま、ま、待って!」
慌てる彼女の手首をぎゅっと掴むと、振り向いた顔は真っ赤で。
どうしてそんなに照れるなら、あんな大胆発言するかな?
どんどん知っていく彼女の一面に触れる度に好きになる。
「大変美味しく頂きました」
俺の返事に琴音は頭から湯気が出るんじゃないか、ってほどの勢いでさらに赤面すると、送迎の礼を言って研究棟へ駆けて行った。
「ああー、俺の方が身が持たねぇ」
ハンドルに突っ伏すと独り言が零れた。