極上の餌
京都で有名だという小料理屋の個室で、時代小説好きのむさ苦しい男ばかりの中に、どこのスクリーンから飛び出してきたのか、というような美人さんが一人。
着物姿のその女性は、髪型こそ日本髪ではないが、所作からなにから京の町がよく似合う。
T出版の担当者が言うには、彼女は今回の映画のヒロイン役の女優という。
なるほど、作家風情が「美人さん」などと呼ぶには無礼な女性だ。
「おひとつどうぞ」
などと、はにかんだ笑みで酒を注がれれば、まるで自分の作品の中に入り込んだような錯覚すらしてしまう。
やがて、しな垂れ掛かるような素振りになってくるから慌てて席を移動した。
酒の入ったT出版の担当者は、
「着物の美男美女でお似合いですよ!」
などとはやし立てるが、女優に興味などひとかけらもない。
むしろ、こんな、映画に出演するような女優でも、たかが作家に媚びなきゃ出演できないと思っているのか、と同情の念が湧いてくる。
結局、父の作品からの長年のファンだという司会者の男性と宴席の後半は喋りながら、それでも食べ物に罪はないと、京の味と酒を少々堪能したところでお開きとなった。
小料理屋の店先に出たところで、T出版が呼んでいたはずのタクシーが台数が揃ってないと揉め始める。
観光客の多い京都ではタクシーも大繁盛らしい。
「僕は歩くので構いませんよ、女性を早く帰してあげてください」
3月とはいえ夜は冷えるが、歩けば温かくなってくるはずだ。
着物の袖に両腕を入れ、先にホテルの方向へ向かおうとすると、女優がその腕に絡みついてくる。
「先生、私も同じ方向なんです、ご一緒しても?」
姿格好は大和撫子でも、纏う空気は隠微なもので嫌悪する。
正直に言っていいなら即座に断るが、関係者の前で恥をかかせるのも彼女の今後を思えばどうかと思い、無言のまま腕に回された手を解き、無難な言葉を探していると……。