QUALIA ー最強総長×家出少女ー
「さて、課題曲は、ショパンの…」

そこで、私の指も止まる。どこからか沸いてきたある考えが、頭を過ったからだ。

再び会場がざわつき出した。審査員もすぐ前の席にいて、私の様子を怪訝そうにうかがう。

待って。そんなこと、していいはずがないのに。

ここまできて“それ”をしたら、私、夢を諦めないといけないことになる。

この瞬間、私は“ある記憶”を音にしていた。

もしそれを音にしたら、二度と楽しかった日々が戻ってこない気がして、ずっと封印していたものだ。

けど今は、ここでそれを表現したい。せっかくつかんだこの音を、逃したくない。

そんな衝動が、抗えないほど大きくなっていく。

「琴葉様?」

アナウンスが響くと同時に、私は目を閉じた。

瞼には、二人の顔が浮かぶ。

ごめん、ルナ。

ルナとの約束、果たせそうにない。

まずは一人。私が愛した人。

ごめん、お母さん。

私はお母さんみたいなピアニストにはなれない。

そしてもう一人。私が憧れ続けた人。
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