響は謙太郎を唆す
「すっかり、秋ですわね。先生。
校門までの桜の葉が色づいて。
あたくし、入学式以来ですので、春と違って随分とさみしいものですわね」
「おばさま、」
と、若い女性が謙太郎の母親に話しかけた。
上品な綺麗な声だった。
「私、もみじの紅葉が気に入りました。
今度、謙太郎さんと見に来たいわ。」
謙太郎さん。
響は目の前の会話が、ドラマを見ているような、現実感のないものなのに、彼女達の上品さは本物で、その育ちの良さは演技ではなかった。
謙太郎の母親は、それからまるで、初めて気がついたように、
「あぁ、この娘はね、紗代子ちゃん。
謙太郎の未来のお嫁ちゃんなの。
もう、一緒に暮らしているんですの」
と、何でもないように言った。
「まあ、おばさまったら。
私、都築 紗代子です」
と、若い女性は綺麗に微笑んで、いったい誰に向けて名乗っているつもりなのか、会釈した。