響は謙太郎を唆す
謙太郎は以前、お弁当置いて行こうとした事があった。
前日にいらないとちゃんと言たのに準備されていたそれを、朝、持たずに家を出ようとした。
母親は泣き崩れて、縋って、お弁当ごときで修羅場のような大げさな状態になったのだった。
それ以来何も言えなくなった。
週に一度だけ学食に行かせてもらっているが、毎回嫌味のように1万円を渡される。
謙太郎は母親の事を考えたら気持ちがぎゅっと押さえつけられたような息苦しさを感じた。
「俺、響の弁当食べたい」
思わずそう言った。
息を吐いてから、続けて誤魔化すように軽い感じで言う。
「女子の手作りってヤツ?食べさせてよ」
響は、謙太郎が急にそう言った真意はわからなかったが、親の愛情だとか言ったからかもしれない。
(ほとんど知り合いでもないのにな)
とも思ったが、軽く誤魔化すように喋る前の言い方や表情が彼の気持ちなんだろうと感じた。
思わず出た言葉。
響が作ったお弁当を食べてみたい、と。
響は、さっさとお弁当箱を入れ替えて、
「いただきます!」
とすぐ言って、謙太郎のお母様愛情弁当を先に一口食べた。