誠に不本意ではございますが、その求婚お受けいたします


「いやぁ、旨いねぇ」

「ありがとうございます」

「百ちゃん、良い顔で笑うようになったなぁ。やっぱり新婚さんは幸せオーラが違うね」

「え、そうですか?」


ふふふっと笑って、かわしたけど幸せオーラではない。
どちらかというと、”余裕ができましたオーラ?”
派遣社員を辞めたお陰で時間的にも体力的にも余裕ができて、なおかつ家賃の心配をしなくて良くなったからです……!
とは、さすがに言えないけど。
長い付き合いのある村田さんには、心の余裕が伝わってしまったらしい。


「零ちゃんも、恋人ができた時はそんな顔をしていたなぁ」

「母が?」

「覚えているわけないかー。 百ちゃんが7歳くらいの時だもんな」


実を言うと、覚えている。
鼻歌を歌いながらお鍋をかき混ぜる母の後ろ姿、化粧の匂い。
お店の扉が開いた時の、嬉しそうな横顔。


「俺もあの頃は母ちゃんと結婚する前でよー、零ちゃんのこと狙っていたのに」

「そうだったんですか?」

「嘘うそ、冗談だよ」

「冗談ってことにしておきます」

「お、おい百ちゃん~」


村田さんとそんな会話を楽しんでいると、お店のドアがゆっくり開いた。
スーツ姿の男性が暖簾を掻き分けるようにして入ってくるのが見える。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは、いいかな?」

「あっ、ど、どうぞ」


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