誠に不本意ではございますが、その求婚お受けいたします
呟いた声は決して大きいものではなかったが、確実にお父さんの耳に届いたはずだ。
彼はその声を否定することなく、静かにグラスを傾ける。
「お父さんが、あの時のおじさまだったなんて……」
微笑んだ時に広がる目尻のシワ、グラスを包む大きな手、広い肩幅。
忘れていた記憶を1つ思い出せば、次から次へと溢れてくる。
子供ながらに、おじさまと母が深く愛し合っていることを知っていた。
そして、1人娘である私のことも可愛がってくれた。
なのに、ある日突然お店に来なくなってしまって……。
「どうして急に来なくなったんですか?」
「……」
「母はずっとおじさまのことを待っていたんですよ。死ぬときまでずっと」
「零とは、彼女が亡くなる前に1度だけ会った」
「え?」
「これでもう彼女との縁は完全に切れたと思ったが、その娘が息子の嫁となって現れるとはな。正直、驚いた」
「初めから気が付いていたのですか?」
「そうやって零の着物を着ていると、彼女が生き返ったんじゃないかと錯覚するくらいそっくりだ」
お父さんはそう言うと、何かを飲み込むようにグラスをあおった。
その顔が少しだけ悲しそうで胸が苦しくなる。
私の考えに間違いがなければ、お父さんは私の母と別れたあと、今のお母さんと再婚した。
その後、母は独身を貫き死ぬ間際までお父さんを想っていた。
自分を捨てた男性をいつまでも想うなんて……と、私は思っていたけど、
もしかしたら、お父さんも母のことを想っていた?