Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】
13.桜子、“初めて”の学校(“新しい”親友編)
【学校へ行こう!(4/5)】
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東小橋君の言う通り、チャイムは再び鳴った。
気になって目をやると、二つ括りの子は英語の教科書を机にしまい、ガタンと立ち上がり、決然とした足取りで教室の後ろの方へ向かった。ショートヘアの子も立って小さい方の子を迎え、視線を交わすと、二人は桜子の方へ歩いてくる。
今度は、二人の様子に迷いはなかった。
机に手を置いて待っていた桜子を、囲むように二人が立った。教室中が、少ししんとして、桜子達を窺っているのがわかった。二つ括りもショートヘアも、桜子を見つめて、やって来たものの何を言っていいのか戸惑うようだった。
桜子は、頑張って笑顔を浮かべて、知らない親友達を見上げた。
「都島さんと、平野さんだよね」
そう問い掛けると、小柄な子の方がいきなり泣き顔になる。
「ざぐらごー、ホントに私らのこと忘れぢゃったのおー?!」
「バカ」
ぐわっと覆い被さってくる二つ括りの分け目に、ショートヘアがチョップを見舞う。
「いだー!」
「思い出せなくてツラい思いしてんのは桜子の方だろ。チカが取り乱してどうすんだ」
「だっでええ……」
チカと呼ばれた子が涙ぐんでいるのを、ショートヘアがぐいと押しのけた。
「桜子、本当に記憶喪失になってるんだな」
「うん、ゴメンね。申し訳ないんだけど、二人のことも、やっぱり……」
桜子がチカにつられて泣きそうになると、ショートヘアはひらひら手を振った、
「そんなの気にすんなって、桜子が一番大変なんだから」
ショートヘアの子は見た目通りサバサバした態度で、にっと笑って自己紹介した。
「アタシは平野早苗。桜子は“サナ”って呼んでた。こっちのちっちゃくてうるせーのが、都島千佳。アタシらの間じゃ“チカ”か“チー”だ。“ちっせえ”の“チー”」
「ぶー、おっぱいはサナの方がちっちぇえクセに」
すぱこーん、サナは再びチーの頭にチョップを打ち下ろした。
「スレンダーって言えよ!」
二人のやりとりに、桜子はクスっと笑った。それと、隣の東小橋君を筆頭に、クラスの男子達の耳がぴんと立ったのも感じた。
仲、良かったんだなあ……そして、また仲良くなれそうだ。
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桜子は嬉しくなって二人を見つめて、
「あの、東小橋君に聞いたんですけど」
隣の席から、ガタンと小さな音がした。
「あたし、二人と仲が良かったんだよね?」
これを聞いて、チーがくわっと顔を険しくした。
「仲が良かった? 桜子、私達と桜子のカンケイは、“仲がいい”のひと言で片付けられるような、そんな薄情なもんじゃないよ!」
「え……えーと、親友?」
桜子がそう言うと、チーは厳しい顔で首を振った。
「あのね、桜子。覚えてないかもしれないけど、私と桜子は、いわゆるトモダチとしての一線はとっくの昔に超えているのよ……?」
「トモダチとしての一線を?!」
衝撃的な言葉に、桜子はぼっと首から上に血液を昇らせた。
「それって、その……キスまでくらい……?」
チーは首を振った。
「そ……それ以上……?」
桜子はぐるぐる目を回した。
(あ……あたしって、記憶なくして実のお兄ちゃんにブラコンかましてる上に、記憶なくす前は親友と百合っちゃってたワケ……? ヘ、ヘンタイ過ぎない……?)
大混乱の桜子に、チーは「はあーっ」とため息をついた。
「何にも覚えちゃいないんだな、桜子」
「ま……全く身に覚えが……」
桜子が震えると、チーはにやっと笑って、おもむろに顔を近づけてきた。
「しょーがねえなあ……桜子ぉ」
「ひゃいっ?!」
そう言って、桜子にさらにチーの可愛らしくエロい笑みが迫った。
「思い出させてやるぜ……」
「お……お手柔らかにお願いします……っ///」
桜子は身を固くして、ぎゅっと目をつぶった。
すぱこーん! 三度目のサナのチョップの音がした。
桜子が目を開けると、頭から煙を立てるチーと、右手を左手で擦るサナがいた。
「アホチカ、お前、今マジでやる気だったろ?」
「い、いつもなら桜子ゼッタイ抵抗するもんだから、つい……」
サナはチーに追撃の腹パンをくれて、桜子の方もジロッと睨んだ。
「桜子も、何受け入れよーとしてんだ」
「だって……覚えてないけど、チーちゃんがそう言うんだった、そうなのかなって……」
顔を赤らめる桜子に、サナはわしゃわしゃと後ろ髪をかき回した。
「お前……こいつはなあ、こう見えて肉食系なんだ。ああ、もう……こりゃあ当分アタシが傍でガードしてなきゃ、どんなマチガイが起きるかわかったもんじゃねえ」
そう言いながら、サナはギロリと教室中を見回した。あちらこちらで、男子が慌てて視線をそらしている。
しかしチーは桜子を見つめ、じゅるっと音を立てて口を手の甲で拭った。
「でも、この桜子、割と簡単に堕とせそう……」
「まずお前からガードしなきゃならねーよーだな」
サナは肉食系小動物の友人に呆れる。
桜子はそんな頼もしいサナを見上げて、
「ゴメンねえ、サナちゃん。こんなあたしだけど、よろしくお願いね……?」
両手の指を組んで、貞節を守られた唇に当てた。すると二人が、
「あ……!」
「出た、“桜子ポーズ”だ」
それを見て顔を見合わせた。桜子がきょとんとして、
「“桜子ポーズ”……何それ……?」
聞き返すと、チーとサナはうんうんと頷いて、
「その、手を組むやつよ。何パターンかあるけど……」
まずは基本の、指を組んで手首をくねっとするやつ。
胸の前で、右手を左手で包む“お祈りスタイル”。腰の前で右手と左手を重ねる“お辞儀スタイル”。そのまま肘を曲げる“メイドスタイル”。
チーが次々に実演してみせるポーズは、確かに、桜子はよくやる覚えがある。
「つまりは桜子のクセよ。その可愛いポーズで、何人の男子と私を篭絡したか」
「お前もかよ」
けらけら笑う二人に、
「ええ……それって、あたしイタい子じゃん……」
桜子が顔を赤くすると、チーとサナは顔を見合わせて、
「違うよ、桜子。アタシらはそのポーズを見て嬉しいんだよ」
「そうだよ。記憶を失くしても、桜子はやっぱ桜子ってことだからね」
申し合わせたように、右と左から、わっと桜子に抱きついた。あわあわとなる桜子だったが、抱き締めてくる二人の体が震えていることに気づき、じわっとくる。
桜子は自分も涙声になって、二人のことを抱き返した。
「ゴメンねえ、ありがとう、チーちゃん、サナちゃん……あたし、二人とはまたすぐに仲良くなれそう……!」
サナが言う。
「バーカ、なれそうじゃねーよ。アタシらは、ずっと仲いいまんまだよ」
チーが言う。
「ずっと待ってたよ。いつまでだって待つよ。おかえり、桜子。早く帰って来てね……」
三人で泣き笑いしてると、KYなチャイムが鳴った。
二人が残念そうに離れていく。こしこしと目元や頬を拭った桜子が、ふと周りを見回すと……教室の男子女子ともに、何やら満足しきった顔でホカホカしてた。
桜子の撃墜マーク、3、4、5、6――……
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昼休みになると、チーとサナはもう当たり前のようにお弁当を持って桜子の周りに集まった。空いている前の二つの椅子を寄せて、三人でお昼を囲む。
「一時はどうなることかと思ったけど……改めて、おかえり、桜子」
「事故ったって聞いた時は、心配したんだぜ。しかも、『記憶がないです』なんてライン帰ってきたもんだから……」
「ゴメンねー。正直、誰だかわからなくて、二人に同じ文面返しました///」
「きゃはは、ヒドいなー」
何だかんだで、すっかり打ち解けている。オトナならこうはいかないかもしれないが、半分コドモの中学生ならではの柔軟さに救われている。
「お、桜子のお弁当、相変わらず美味しそうだな」
「大好物の唐揚げじゃーん。桜子のお母さん、料理上手だよね」
「病院から退院した日も、“おかーさん”、いっぱい唐揚げ作ってくれたんだ。あたしの大好物食べたら、もしかしたら記憶が戻るかもしれないって思ったみたいで」
桜子がそう言うと、二人は少ししんみりしたみたいで、
「あー……ちょっとキツいよね、家族思い出せないのとか」
「大丈夫? やっぱ、家族は大変だよね」
気遣わしげな空気になって、桜子は慌てて両手を振った。
「ううん、“おかーさん”も“おとーさん”も思い出せないけど、すっごく優しくてくれるんだ。今朝だって、お兄ちゃんが学校まで送ってくれたし」
チーとサナが顔を見合わせた。
「え。桜子がいつもウザいって言ってた、あのお兄ちゃん?」
「あたし、いつもそんなこと言ってたの?!」
桜子はなおさら慌て、お弁当の箸を振り回した。
「そ、そんなことないよ? お兄ちゃん、優しいし、背も高いし、リビングで寝ちゃった時も抱っこでベッドまで運んでくれたし……」
「お前……家でお兄ちゃんに抱っこしてもらってるのかよ」
思わず口走った桜子が真っ赤になると、チーとサナも少し顔を赤くした。
「いや、ヤメろよ、恥ずい。そりゃあさ、アタシも外では親父ウゼえとか言うけど、家では別にそんな仲悪くねーけど……言わねーじゃん、そういうの、友達には」
「ハイ! 私は記憶がなくて素直な桜子は、何かエロいと思います!」
「いや、別にエロかねーだろ」
チーの意見を、サナは却下しつつ、
「ま、まあ? 家族が上手くいってるのは、いいことだよ……」
何となく、気恥ずかしくなって、三人はしばし黙々とお弁当を口に運んだ。
沈黙がさらに恥ずかしさを増し、桜子は耐え切れず口を開いた。
「そ、そー言えば、東小橋君っていい人だよねえ?!」
隣の席で弁当を食ってた当人が、ガタンと椅子を鳴らした。そっちにチラッと目をやって、チーがウエッって顔をした。
「はあ? アズマ、キモオタじゃん」
と、桜子は箸を置いて、真面目な顔になった。
「チーちゃん、そういう言い方ヤメて」
ビクッとしたチーに、桜子は、
「あのね、東小橋君は、記憶がなくて誰も話し掛けにくかったあたしが、話し掛けたらちゃんと相手してくれたんだ。すごく寂しくて不安だったあたしを、助けてくれたんだ」
「あたしのお兄ちゃんも、ちょっとオタクっぽいとこあるけどあたしに優しくしてくれるし、よく知らないのに悪口言うのって、ちょっと違うと思う……」
遼太郎をバカにされたようで、少しムキになり、チーを言葉に詰まらせた。
「ゴメ、桜子……私、そういうつもりで言ったんじゃあ……」
「それに、東小橋君、実は忍者の末裔なんだよ?」
東小橋君が、ぶふーっとオカズのだし巻き卵を噴いた。
「桜子殿! 秘密と申したとござろー!」
「アズマ、お前、女子の会話に聞き耳立ててんじゃねー!」
東小橋君のツッコみを、サナがカウンターで制した。
轟沈させられた東小橋君だったが、サナは腕組みし、片目をつむる。
「けど、まあ……確かにアズマはアタシらでも話し掛けづらかった桜子と、一番に話できたんだよな。ちょっと見直したわ」
「ゴメンね。やるじゃん。アズマ、いー奴じゃん!」
東小橋君、今日は本当にイベントデーなのか、何か女子評価がガンガン上がる。
「いや、拙者、気にしてござらぬよ、都島殿」
「お前……それがなきゃ、フツウの奴なのにな」
ちょっと下がった。
「いやいや、これは拙者のアイデンティティ―故に」
「貫くのかよ」
「逆に何かちょっとカッコ良く見えてきちゃうね」
また上がった。東小橋君(ジョブ:忍者)はステ変動が激しい。
と、横で聞いていた桜子が、
「みんな、東小橋君のことアズマって呼ぶんだね?」
サナとチーにそう訊ねると……
「まあ、そもそもがあんま呼ばねえけど」
「呼ばねー!」
悲しいかな、東小橋君はあんまり女子と絡むタイプではない。そこで桜子は、
「ねえ、東小橋君。下の名前なんていうの?」
「拙者? 博之と申しますが」
東小橋君の答えに小首を傾げてこう言った。
「じゃあ、アズマ君とヒロ君と、どっちで呼んだらいいかなあ?」
「な、何ですとー?!」
東小橋君を本日最大の衝撃が襲った。東小橋君を下の名前で呼ぶ女性は、カノジョ達(なぜか画面から出てこない)か母上くらいのもので、姉(高校生)に至っては“デブ”だ。
「え、えーと、じゃあ、ヒロく……ハッ?!」
教室のあちこちから視線が突き刺さり……ざわ……ざわ……ざわ……東小橋君は身の危険を感じた。
「あ……アズマで……」
「うん、わかった! これからもよろしくね、アズマ君」
スルー……っ! 東小橋君……痛恨の……圧倒的スルー……っ!
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これを見ていたチーがニヤニヤとして、
「いや、でもまさか桜子、アズマみたいなタイプが好きとはねー」
とからかうと、桜子は両手を振って、
「ヤダ、そんなんじゃないよー/// あたし、別に“好きな人”いるしー///」
顔を赤らめてそう言った。
まあ、わかってはいるし、友達になれただけでもじゅうぶんラッキーなのだが、東小橋君ちょっと切ない。
と、サナとチーが耳をピコーンと立てた。
「ほう……詳しく聞かせてもらおうか?」
「私達のことを忘れといて、好きな人のことは覚えてるとか、聞き捨てならないよね」
桜子は慌てて、さっきより手をブンブンと振る。
「いや、そのっ、記憶なくしてから会った人だからっ……///」
サナとチーは顔を見合わせ、
「って、この一週間で? マジかよ」
「桜子の清純派ビッチ!」
「ヒド過ぎない? 二単語で矛盾してるよ?」
桜子が赤い頬を膨らませると、二人はさらにぐいぐい身を乗り出す。桜子達は気づいていないが、東小橋君を始め、周囲も聞き耳を立てている。
「アタシらの知ってる奴?」
「えっと、その、知らないと思う……」
「誰だよー、教えなよ、桜子―」
「今はまだ許してぇ……」
桜子が泣きを入れるのを見て、サナは一層前のめりになるチーを引き戻す。
「わかったわかった。チー、あんま病み上がりの桜子をイジメんな」
「えー。今の桜子、カワイイからもっとイジメたぁーい」
スパンとチーの頭にチョップをくれ、サナは桜子にウインクした。
「今は勘弁してやるよ。けど、上手くいったら絶対アタシらには教えろよな」
「絶対だぞ、桜子―。どこまでいったかその都度報告を……」
サナの二発目が入った。桜子はコクコクと頷いて、
「わかったよ……上手くいったら絶対二人には――……」
(言えるかあーっ!)
(お兄ちゃんが好き、だけでも言えないのに、上手くいっちゃったらなおさら言えないよ! 聞かされた方も、どうしていいかわかんないやつだよ!)
二人には悪いけど、この恋は親友にさえ隠し通さないとならない。と、桜子は、
(それに、“上手くいったら”って……)
ぼしゅうっと首から上を真っ赤にした。どうやら、“上手くいき過ぎちゃった”場合のことを想像してしまったらしい。
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そんな桜子を見て、サナとチーは、
(あらら、カワイイな。桜子ってば、ウブなんだから……)
と目と目を交わしてニヤニヤしたが……
二人の親友がまさに”清純派ビッチ“であるとは、夢にも思わなかった。