Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】
14.桜子、“初めて”の学校(ゆっきー先輩襲来編)
【学校へ行こう!(5/5)】
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お弁当が終わると、桜子達はそのままだべったまま、昔話に花を咲かせた。サナとチーが語る以前の桜子の話に、ほえーっと思ったり、照れくさかったり……自分の知らない自分の話は不思議な感じがするとともに興味深かった。
教室では誰も彼も、仲のいい子と固まって、思い思いに過ごしている。
ぼっちかと思われた東小橋君のところにも、別のクラスから似た系統の友達がやって来て、“スキルマ”とか“人権キャラ”とか、桜子のよくわからない単語でしゃべっている。
(アズマ君は、気の合った子とは仲良くするタイプなんだな……)
楽しそうな東小橋君を見て、何だか桜子も嬉しくなった。
だがそんなお昼のひと時の平和は、一人の襲来者によって破られる。
ガラッと教室の前の引き戸が開いて、上級生の女子がズカズカと入って来た。ポニテでサナと同じくらい背の高い、気の強そうな子だった。
(ちょっとコワそうな人だ。誰かの先輩かな……?)
「桜子が来てるって本当かー?!」
(あたしのだったー!)
驚く桜子を、先輩はいち早く見つけ、大股に一直線……は机が並んでいるの無理だが、教室を横断縦断して近づいてくる。桜子は慌ててサナに顔を近づけて、
「だ、誰……?」
「住之江有紀先輩、女子バスケ部のキャプテンだよ!」
「じょばす?」
言われてみると、先輩は左脇にバスケットボールを抱えている。
「桜子、女バスの部員だよ」
チーが耳打ちするも、状況把握は間に合わず、住之江先輩が机の前に仁王立ちになった。
「桜子、ケガの具合はどうだ! 来週の練習試合には間に合いそうか?!」
「お、お陰様でっ! 試合?」
至近距離で声のデケえ先輩に、タジタジとなりながら答える。
バスケ部? あたしが、バスケがしたいです……? 困惑した様子の桜子に、先輩は怪訝な顔になる。
「どうした? 桜子、何か様子が変だぞ」
「あのですね、有紀先輩……」
頭の上に読み込み表示の消えない桜子に、サナが助け舟を出した。
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桜子ちゃんの……状況……説明中……
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サナとチーが代わる代わる事情を説明し終わると、無言で聞いていた有紀先輩は、くわっと目を見開いた。
「ウソ言うなー!」
「ホントなんですー!」
「記憶喪失とか、そんなマンガみたいな奴がいるかー!」
「ここにいますー!」
おっかない先輩に、桜子はしどろもどろになった。
「ホントに、住之江先輩。あたし、頭をぶつけて自分のことも、家族のことも何も覚えていなくてですね……」
そう言うと、有紀先輩が急に眉をへの字にする。
「ヤメろよ、桜子お。お前と私の仲だろ。いつもみたいに、ゆっきー先輩って呼べよお」
そう言われたものの、何も覚えていない桜子は、
「ゴメンなさい、ゆっきー先輩。先輩が、あたしに仲良くしてくれていたのは嬉しいんですけど、やっぱり、自分がバスケ部だったってことも思い出せなくて……」
するとゆっきー先輩は急に真顔に戻った。
「……マジで記憶喪失なんだな、桜子」
「え?」
きょとんとすると、先輩は抱いてるボールの分だけ左寄りに腕組みして……
「女バス主将、この住之江有紀を“ゆっきー”呼ばわりできる奴は、この学校にはいねえ!」
「ブラフ?!」
驚いて振り向くと、サナとチーが抱き合ってガクブルしていた。
有紀先輩は大きなため息をついて、
「マジかあ、ウチの2年のエースフォワード……来週の試合どうすんだ……」
「あの、あたしってバスケ上手かったんですか?」
「お前、バスケのことどれくらい覚えてる?」
「リバウンドを制する者は全てを制する」
「ぶん殴るぞ」
有紀先輩はガックリしたが、不意に顔を上げると、
「そうだ、ちょっと来い、桜子!」
「えっ?! ちょ、先輩……わわわ……?」
いきなり桜子の腕を取り、教室後ろ側の扉へ連行する。サナとチーが慌てて続く。
廊下に出ると有紀先輩は、
「いいか、練習は裏切らない。頭で忘れても、お前のやってきたバスケは体に染みついているもんだ。ちょっとここでドリブルしてみろ」
「ここでですか?!」
桜子は押しつけられたボールを受け取り、困ったが、押しの強過ぎる先輩はやらねば収まりがつく様子がない。仕方なく桜子は、意を決して、ボールを廊下に投げ下ろした。
てーん、てーん、てーん……
「あっ」
足に当たって、コロコロコロ……
「そりゃドリブルじゃなくて“あんたがたどこさ”だー! しかもヘタクソかー!」
ボールをわたわたと追いかける桜子に、有紀先輩が叫んだ。
「普通、ちったあ体が覚えてるモンだろー! 身も心も記憶喪失かー!」
「そんなこと言われても」
「いや、でも確かに今のはナイわ」
「オットセイでも、もうちょっと上手いと思うよ?」
「サナとチーまで?!」
三人のボロクソな評価に、別にしたくもないことさせられた桜子は腑に落ちない。
有紀先輩は頭をがしがしと掻いて、
「こりゃあ仕方ねえな……練習試合は、1年の活きのいいのを使ってみるか」
ふうっと息をつくと、不意にすまなさそうな顔を桜子に向けた。
「悪かったな、桜子。私、バスケのことになると頭に血が昇ってさ。考えてみりゃ、今のお前、部活どころじゃないな。スマン、この通りだ」
両手を合わせて、頭を下げた。
(ちょっといろいろ激しいけど、悪い人じゃないんだな……)
桜子はにっこりと笑って、
「ゴメンなさい、ゆっきー先輩。先輩にまでご迷惑掛けて、あたし、申しわけないです」
「お前、“ゆっきー先輩”でいく気かよ?!」
サナのツッコみを食らう。
すると桜子、すっと指を組んで、首を傾げて有紀先輩の顔を見上げた。
「先輩、ダメですかあ?」
これを見た有紀先輩は急に顔を赤くして、ばっと顔を背けた。それから桜子を振り返って、ジロリと睨む。
「桜子……“いつもの”やっていいか?」
「はい?」
きょとんとすると、有紀先輩はいきなりガバッと桜子をハグした。
「ひゃあああああっ?!」
「ズルイなあ、桜子は、もおおおっ! いつもそうやって、私にダメって言えないようにするんだもんなあ!」
「出たよ、有紀先輩の“カワイガリ”……」
「うん、あれは“カワイガリ”だねー……」
けれど決まり手は、“寄り切り”で桜子の白星。撃墜マーク、またひとつ……
思う存分桜子を堪能すると、ゆっきー先輩は息を弾ませて、
「わかった、桜子。とりあえずバスケ部は休部ということにしておいて、今は体を一番にしろ。休養だって、大事な部活動の一環だからな」
「はい、ありがとうございます」
答えた桜子の方も、顔が真っ赤でだいぶ息が荒い。
「別に参加できなくても、いつでも部に顔出していいからな」
何だかんだでいい先輩に、桜子はぺこりと頭を下げた。
こうして襲来者、住之江有紀は嵐のように現れ、また去っていったのだった。
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(あたし、バスケ部だったんだな)
教室に戻りつつ桜子は、返し損ねたバスケットボールをグリグリする。
(覚えてないなあ……体も覚えてない)
総ツッコみを浴びたが、確かにさっきのドリブル(?)は我ながらヒドかった。
(“桜子ポーズ”みたいなしょーもないのは、覚えているのになあ)
身に付いたものでさえ、きれいさっぱり消えてしまう。それって不思議なような、ちょっとコワいような気がする。
と、通り掛かった机の男子が、飲み終わって握り潰したパックジュースを机に置き損ねたのが、ころんと桜子の足元に落ちてきた。何の気なしに拾い上げ、
「これ、もうゴミ?」
「あ、うん」
桜子はごく自然に、右手で紙パックを放り投げた。
「あっ」
紙パックは放物線を描き、教室の半分ほどの距離を飛んで――……
ゴミ箱にすこんと吸い込まれた。教室のあちこちから、「おー」という声が上がった。桜子はそのまま席まで行って、すとんと腰を下ろすと、自分の右手を見下ろした。
なるほど、体が覚えてるって、こういうことか……