Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】
17.改造部位:体~パンドラの箱~
【お兄ちゃん改造計画(3/5)】
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次の日、学校で遼太郎のあだ名は“覚醒此花”になった。
店員の勧められたワックスを両方買って帰り、朝の洗面台でサッサとセットしただけだったが、遼太郎を見た母さんは目を丸くした。
「あらやだ。遼君がジャニーズになったわ」
「んな、大げさな……」
親の欲目に遼太郎は苦笑したが、桜子は自慢げに、
「どうです? たった千円でこのクオリティー」
「すごいわねー、桜子の家計管理能力。いい奥さんになれるわ」
「えへへー、おかーさんみたいに?」
何だ、この仲良し母娘? 遼太郎は呆れつつ、家を出た。でもまあ、確かに、自分が貰えるボーナスを家族に使ってしまうのだから、考えてみりゃできた妹だよな……
さて、記憶を失くした妹と一緒にしては何だが、今朝の遼太郎も、落ち着かない気分で登校する。
(オタが急に髪セットして学校行くんだもんな……)
クラスの奴らに、何と思われるか。遼太郎は別にスクールカーストの低いタイプのオタクではなかったが、遅れてきた高校デビューに周囲はどう反応するか……
……好反応なのが、逆に気疲れした。
教室に入っていった時、クラス中の顔にこう書いてあった。
「……誰?」
まさに“逆桜子状態”である。視線に追われるのを意識しつつ、自分の机にカバンを置くと、教室のあちこちから「え、ウソ」「此花?」と小声が聞こえた。
(これは……笑われるよりある意味キツい……)
俺、千円で別人レベルに変わっちゃったわけ? イジられる覚悟はしてきたが、ガチめに驚かれるのは想定外だった。え、これ、イジれないやつ?
(それはいい意味で? 悪い意味で?)
遼太郎が周囲の視線とヒソヒソに耐え切れなくなっていると……
ガラッと後ろの扉を開けて、
「おはよー……って、遼太郎?!」
(救いの神……!)
現れたのは、親友の江坂健太郎。遼太郎とは似たような名前で、クラスでは二人合わせて“タローズ”と呼ばれている。
どっちかというとお調子者で、遼太郎とはタイプが違うが、アメコミ映画好きで意気投合してからずっとつるんでいる。
席にカバンを放り出し、遼太郎の隣の席に来て座る。
「おう、ケンタロー」
「何よ、髪切ったの? イメチェン? それとも覚醒?」
「いや、そういうわけでもないんだけど……何だよ、覚醒って」
「お前、俺を差し置いて彼女を作ろーという魂胆か!」
ああ、今日はこいつのアホさに救われる。
「アタシというものがありながらっ!」
「やかましいわ。で、変か?」
まあ、彼女云々というくらいだから、髪型、悪くはないってことだよな?
ケンタローは膝と腕を組むと、
「いいんじゃねーの? お前、カッコ気にしなさ過ぎだったし。で、何よ。どーゆー心境の変化? まさか俺に黙って彼女作って、フラレでもしたの?」
「俺は女子か。そこから離れろ」
とは言うものの、まさか妹に“お兄ちゃん改造”されていて、一緒にカットしに行ったとは口が裂けても言えない。業が深過ぎる。
そこで遼太郎は、少し脚色した。
「妹にダサ過ぎるから髪切ってこいって、千円札とファッション誌投げつけられた」
それもどうかというエピソードだ。
「朝っぱらから悲惨な話を聞かせるな。え、遼太郎、妹いんの? 可愛い?」
「いや、フツウじゃないか?」
何となくケンタローに、桜子が可愛いことを言いたくない。
「写メとかねーの?」
「イヤだろ、妹の写真をスマホに入れてる兄貴は」
(兄を無音カメラで撮る妹はいるが……)
昨日一日だけで、言えないことが多過ぎる。しかしケンタローはこの話題に妙に食いついてきて、
「マジかよー。いいなー、妹。アレだろ、妹って『お兄ちゃん大好きー』とか言って抱きついてきたり、頬っぺにチューしたり、時々パンツ見れたりするんだろ?」
遼太郎の背中に、ダラダラと汗が流れた。
「いいなー、俺も妹欲しー。くれよ」
「やらん。お前の欲しがってるのは、“妹”ではなく“妹キャラ”だ。現実を見ろ」
とは言ったが……
遼太郎はケンタローの冗談に改めて、自分と桜子の“現実”を再認識した。
(そうか……俺の妹は“妹”ではなく“妹キャラ”だったか……)
さて、ケンタローとしょーもないことをしゃべっている遼太郎は、クラスの連中、特に女子が自分の変化にざわついているのは感じていたが、その理由が、
「今まで気づかなかったけど、此花遼太郎は意外とポイントが高い」
であることには気づいていないし、ケンタローが口にした“覚醒”が密かに自分のあだ名になったこともまだ知らない。
その“華麗なる変身”が、自分と桜子の間にまたひと騒ぎを起こすことも、この時の遼太郎は知る由もなかった。
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「ただいまー」
学校から帰宅し、誰に言うでもなく単なる習慣としてそう口にすると、
「おかえりー! お兄ちゃん///」
妹が玄関で待ち構えていた。
(既視感……!)
桜子は今日は部屋着だが、顔をひきつらせる遼太郎に、既に手の甲を向けている。
「執刀医・桜子、術式を開始します」
「今日は何でしょうか?」
「今日はお待ちかねの“服”です」
桜子はそう言うと腕に抱きついてきて、遼太郎はカバンを置かせてさえもらえず、リビングへ連行された。
今日は母さんもパートでいなかった。そして桜子は、ニコニコしてテーブルの上に置かれた幾つかの段ボール箱、紙袋を披露する。
「それは?」
「これは、届きたてホヤホヤの、通販で買ったお兄ちゃんの服です!」
桜子が“改造計画”を提案した日の夜、父さんの書斎を出ると、桜子の部屋で母さんと二人が、何やらノートパソコンで通販サイトを見ていたようだが……
「待って。俺の好みとか全く訊かずに、俺の服買ったの?」
そう言うと、桜子がすっと表情を失くして遼太郎の顔を見た。
「何言ってるの? お兄ちゃんが自分の好みで服買っちゃうと、今のカッコ悪いお兄ちゃんが縮小再生産されてしまうだけでしょう?」
「ガチトーンはヤメて、傷つくから」
遼太郎のハートが悲鳴を上げると、桜子はにっこり笑顔に戻り、両手を組んでもじもじと動かした。
「それにぃ……今回の計画はお兄ちゃんを“桜子色に染める”ことが目的なんだから、お兄ちゃんにはあたしが選んだ服を着て欲しいなって……///」
(俺、”妹色に染められる“わけ……?)
それはそれで戦慄すべき話だ。
遼太郎は何とか気を取り直し、テーブルの箱に目をやった。
「それで、どんなのを買ってくれたんだ? 結構買ったみたいだが」
「えへへ、それは開けてのお楽しみ~///」
桜子に促され箱に手を掛けた遼太郎だったが、内心かなりドキドキしている。髪型は桜子任せで正解だったが、それはプロが俺に合うようにやってくれたわけだ。
今回は完全に桜子プロデュースである。
遼太郎だって好みの服装はなくても、好みではない恰好はある。
桜子自身は、”フワッとカワイイ“系をよく着ていたようだが、以前はファション雑誌も愛読していたし、男の服の趣味は未知数。
(今回は“改造”っていうくらいだから、案外アウトコースを攻めてくるかも……)
となれば、この段ボールは結構な“パンドラの箱”。鬼が出るか、蛇が出るか。
(南無三……!)
遼太郎が梱包テープに手を掛け、意を決して剥がすと――……
可愛いぱんつとブラでした。
「あ、それはあたしのだ……///」
「お前、どんだけお兄ちゃんにぱんつを見せたいの?!」
パンドラならぬ、まさかの“ぱんブラ”の箱……!
桜子がそそくさと箱を脇に寄せる。
「お兄ちゃんのを買うついでに、あたしもちょっと欲しいものを……///」
「いや、それはいいけど、お兄ちゃんも男なんだから、軽々しく下着を見せるのはどうかと」
遼太郎が兄として妹をたしなめると、桜子はハッとした顔をする。
「お兄ちゃんも男の人だから……妹のぱんつに興味ある……?」
「あっちゃダメでしょ、人として」
「あの……1枚くらいなら、お好きなの差し上げても」
桜子がそう申し出ると、遼太郎がムッとする。
「見損なうな。兄が中身のない布切れを欲しがる男だとでも思っているのか」
すると桜子がかあっと顔を赤くして、
「な、中身……///」
遼太郎も自分の言い回しが含むニュアンスに気づく。
「さ……さすがに、“中身”を差し上げるのは、あたしにも心の準備が……///」
「そ、そういう意味じゃない。というか、準備をする時点でおかしい」
二人ともアタフタとし、沈黙。変な空気が流れる。お母さんがいなくて本当に助かった。
桜子は赤い顔のまま、別の箱に手を伸ばし、送り状を確かめた。
「こ、これです! まずはこちらの箱です!」
「そう、最初からそーすりゃ良かった!」
変なテンションで箱を開くと……
中に入っていたのは男物のTシャツだった。