Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】
【恋人ごっこ】
20.桜子、お出掛けする
【恋人ごっこ(1/6)】
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それからの数日間、桜子は周囲が引くぐらい上機嫌で過ごしていた。
学校では、脳みそに春でも訪れたかのような桜子にサナとチーが……
「なあ、アズマ。今日の桜子、お前より変じゃねーか……?」
「拙者が変の比較対象であることが腑に落ちぬでござるが、確かに……」
「怖えー、けど桜子何かカワイイー」
ゆっきー先輩とは……
「桜子―! まだ記憶は戻らないかー!」
「イエー、ゆっきー先輩―! 諦めたらそこで試合終了ですよー!」
家でも……
「遼太郎、桜子はどうかしたのかね?」
「まあ、いつもどうかはしてるけど、学校上手くいってるんじゃない?」
「お母さん心配してたけど、楽しく行けているなら何よりだわー」
まさか遼太郎も妹が、自分とお出掛けするのが楽しみ過ぎてポンコツになっているとは夢にも思わない。
そんな桜子は金曜日の夜、楽しみなのが臨界に達すると同時に、やおら緊張が込み上げてきた。
(あ、明日はお兄ちゃんと二人きりでお出掛け……)
そう、“お出掛け”だ。お兄ちゃんと妹なんだから、二人で遊びに出掛けても、うん、フツウだよね? だよね?
(別に“デート”ってわけじゃないし! “デート”ってわけじゃあ……///)
しかしドキドキはイヤが上にも高まって、桜子は晩ごはんのあと、密かに二回吐いた。
(……つわり?)
もちろん心当たりはないが、
(でも、お兄ちゃんと一緒にいたら、あたしなら“不接触”で授かってもオカシクないかも……)
そんなこんなで、ワクワクし過ぎて眠れないかと思ったが、疲れ果てて――……
「え、桜子もう寝たの?」
「ええ、明日は早起きだからって……」
9時過ぎには、もうスヤスヤと夢の中だった。
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その代わり、土曜日当日には朝5時に起きた(家を出るのは8時の予定)。
入念にシャワーを浴び、入念に可愛い下着を選び、入念に髪をセットする。頭の横に何本かずつ細い三つ編みを垂らす髪型は、桜子の顔立ちによく似合った。
服は、例のサロペットとパーカーにした。遼太郎には前日、カーゴとパーカを指定してある。その服が桜子的には“お揃い”であることに、たぶん遼太郎は気づかないだろう。それでもいいんだ。気づかれても逆に恥ずかしいし///
そして桜子は、この日のために買った淡い桜色の色付きリップを使った。仄かに色づいて、グロスの掛かった唇に、そっと触れてみる。
(お兄ちゃん、気づくかなあ……)
それにだって、自分の服にだって無頓着な遼太郎が気づくわけがない。
桜子は、鏡の中の少し寂しそうな女の子を見つめた。
(だって、お兄ちゃんは、妹を遊びに連れてってやるとしか、思ってないんだもんね……)
実際に、そうなんだし。今日一緒に出掛けることに、こんなにドキドキしてるのはあたしだけ、それが当たり前なんだ。
それでも、いいから――……
鏡の中の女の子が、にっこりと笑った。
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リビングのソファでぼんやり待つこと1時間、7時過ぎに起きてきた遼太郎は、既に準備万端の妹を見てビクッとした。
「あれ……俺、7時に出るって言ってたっけ……?」
焦る遼太郎に桜子は、にこぉ……と柔らかく微笑み掛けた。
「ううん……楽しみで、あたしがちょっと早く起きちゃっただけだよ……?」
(うわあ、可愛い……)
その笑みに、遼太郎はドギマギした。
服装も髪型も本気でオシャレしているらしい桜子は、兄の目を差っ引いても、客観的にかなり可愛い。しかも今日は、笑っている桜子の唇がほんのり色づき、艶やかなように思える。
(……って、俺は何を、妹の唇なんか見ているんだか……)
遼太郎はハッとして、見てはいけないものを見たような気分で、そそくさと洗面所に退散した。
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遼太郎も何だか急いで支度をしたので、二人は8時前くらいに家を出た。
「うふふ、二人でデート、楽しみねえ」
お母さんがお約束な言葉を投げ掛けると、
「何言ってんだか……」
「超楽しみー! おかーさん、行ってきまーすっ!」
息子はムスッと愛想なく、娘は兄の腕に取りつくようにして出掛けていった。
玄関から戻ってきた妻に、
「二人で遊びに行ったのか」
ダイニングで新聞を読みながら、父・照一郎が訊ねた。
「そうなんですよ。仲が良くっていいんだけど、遼太郎も折角カッコ良くなったんだから、そろそろ彼女とデートに行ってくれればいいですけどねえ」
母・桃恵が笑いながらそう言うと。
「まあ、今だけのことさ」
照一郎はそう応じて、ばさり、新聞を捲った。
さて、遼太郎と桜子の行き先は、駅まで歩いて15分、電車で7駅20分、大型ショッピングモール内のシネマコンプレックスである
電車に乗ると、遼太郎と桜子は奥側のドアの前にもたれて立った。
「休みなのに、結構込んでますねー」
「沿線に学校が多いからな、高校生となると、クラブだ何だって、結構土曜学校出る奴もいる。俺も毎朝この電車だ。次の駅、結構どっと乗ってくるぞ」
「へえ、そうなんですかー」
桜子がほえーっと感心した。周りを見てみると、複数の学校の制服や部活のユニホーム姿の高校生の集団が幾つも乗っている。見覚えのある制服は、よく見れば遼太郎の学校のものだ。
と、遼太郎が不意に顔を曇らせた。
「んー……9時台の上映を観るつもりで出てきたが……迂闊だったな、ちょうど登校の時間帯にかち合ってしまった」
「これくらいの混雑、あたしは平気ですよ?」
桜子が言うと、
「いや、そこじゃなくてな」
遼太郎は首を振り、桜子の耳に口を近づけ小声で言った。
「妹と出掛けるのクラスの奴らに見られでもしたら、と思ってさ」
やだ、顔近いっ、耳に息っ……ではなくて、桜子は遼太郎に、嬉しさ半分不満半分の顔で囁き返した。
「何ですか? あたし、見られたら恥ずかしい妹?」
「いや、お前は見せびらかしたいほど可愛い妹だけどな……」
(“見せびらかしたいほど可愛い妹”っ?!)
「しかも桜子、今日はいつにもまして可愛くしてるだろ?」
(“いつにもまして可愛く”っ?!)
「俺も普段ではしないようなオシャレしてるしさ、高校生と中学生の兄妹が仲良く出掛けてるって時点で、見られたら致命傷って言うか……桜子、どうした?!」
しゃべっていた遼太郎は、桜子は真っ赤な顔で息を荒くしているのに気づいた。
「い、いや……ちょっと逆上せてしまって……」
「ノボせるほど暑いとも思わないが、まあ、お前は電車通学とか慣れてないしな。大丈夫か? 次の駅で一度降りる?」
「いえ、お気遣いなく……」
桜子はそうは答えたものの……
(何なのこの人? 無自覚にあたしを殺しにくるの? 生まれながらの殺人者なの?)
このお出掛け、もしかして命が幾つあっても足りないかもしれないと戦慄するとともに……
もし、今日死んじゃってもまあいいかなあ、と軽々しく腹をくくった。
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と桜子はピコーンを何事か思いついた顔をして、遼太郎に耳打ちした。
「ねえねえ、お兄ちゃん。妹とお出掛けってバレたら恥ずかしいんでしょ?」
「まあ、そりゃあ、お前のことは可愛いけど、いい歳してな……」
「じゃあさ、じゃあさ……」
「今日一日、“デートしてる彼氏彼女のフリ”するってのはどうですかあ?」
さも名案と満面の笑顔の桜子を間近に見て、
(何を思いつくの、この子っ?!)
遼太郎はTシャツの脇に汗が染みを作るのを感じた。
にこおっと嬉しそうに笑う妹に、困りながら遼太郎は小声で、
「いや……お前、高校生の俺に中学性の彼女がいたら、妹とデートしてるより業が深いつうか、シスコンよりロリコンの方が犯罪だっつうか……」
しどろもどろでそう言う。高二の遼太郎は17才、中二の桜子は誕生日がまだだから13才。この年頃で三つ四つの歳は、見た目の差が結構ある。と……
下から桜子の眼光が、ギンッと遼太郎を射抜いた。
桜子が伸ばした手が、遼太郎の頬をぎゅうとつねった。
「いた、いたた……桜子さん、痛いっす……」
「ロリコンだとお? 誰がロリコンだあ!」
「この場合ロリコンなのは俺であって、桜子さんはロリです……」
「こう見えて、桜子ちゃんは結構育つところは育ってるんですよ。何なら、今この場で揉んでみますか?!」
「実妹のロリに電車でそれは、ジャンル詰め込み過ぎ……」
自分はいつもの通学電車に乗っているのに、なぜこいつだけ暴走機関車に石炭くべているのか。
フンフン鼻息の荒い妹を、遼太郎は持て余し気味に見下ろすのだった。