Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】
24.恋人ゲームの行方
【恋人ごっこ(5/6)】
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“いろいろ”あったけど、桜子と遼太郎の“デート”は続く。
書店やオモチャ屋さんなんかをひやかしながら、二人は並んで、前になったり後ろになったりしながら、モールをそぞろ歩く。このフロアのどこかに“遭遇してはいけない敵キャラ”が徘徊していることは頭にはあったが、隅っこに追いやられ、桜子のウキウキに水を差すことはない。
自然、足も軽くなり、遼太郎を追い越して振り返ると……
そこに遼太郎の姿はなかった。
ぎょっとして立ち止まり、辺りを見回したが、行きかう買い物客達の間に遼太郎の顔は見つけられなかった。
(お兄ちゃんがいない……)
そう思った瞬間、自分でもビックリするくらい悲しい気持ちが、一気に胸の奥から込み上げてきた。
「お兄ちゃん……?」
「お兄ちゃーん! お兄ぢゃあああああん!」
「一発で三回使い切るなよ」
桜子が叫ぶと、遼太郎が雑貨屋さんからヒョコっと顔を出した。
「ちょっと気になる物があって、店の入り口に入っただけだ。ほら、さっきの映画のフィギュア……」
アメコミの悪役フィギュアを手にした遼太郎を見て、桜子の頬にぐんぐんと血が昇っていった。
「ズルだー!」
「ええっ?!」
面食らった遼太郎に向かい、桜子はその場に突っ立ったまま、両手を握り締めて真っ赤になって叫んだ。
「お兄ちゃんはズルい! 桜子にケーキ奢りたくないから、そうやって隠れたり、電車の中でチューしたりするんだ!」
「ちょ、おまっ、デカい声で何言って……!」
「お兄ちゃんがズルするから悪いんでしょー!」
「わかった。わかったから、落ち着け……」
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ケーキは奢ってもらえました。
ニューヨークチーズケーキにダークモカチップクリームフラペチーノを並べてホクホク顔の桜子を、ドリップコーヒーだけ注文した遼太郎がゲンナリした顔で眺めている。
「お前、よくそんな甘いもんで甘いもんを食えるな」
「えー? 甘いものは別腹って言うじゃん。英語でも“別腹”って“Cake hole”って言うらしいよ」
「両方同じ穴に入れてるだろ」
(“同じ穴に入れる”……?)
桜子は一瞬ぴくっと引っ掛かったが、甘いもので心が浄化されている今、しょーもないことはすぐ流れていく。
「美味しいなあ、嬉しいなあ。お兄ちゃん、ありがとー」
「ったく……ゲームは俺の勝ちのはずなんだがな……」
呆れ顔で言う遼太郎に満面の笑みを向ける桜子は、心中で、割と冷や汗をかいている。“しょーもなくないこと”は、流れていってくれないのだ。
さっきの醜態のことだった。
あの“チューして泣いた夜”もそうだが、桜子はこの頃、自分の中に二人の自分がいることに気づいている。
二重人格というわけではないのだが、記憶を失って遼太郎に恋をしている“女の子”と、今を忘れて幼児か女児のようにお兄ちゃんに甘えてしまう“妹”――二つの性格が、ふとした瞬間代わる代わるに顔を出す。
さっき遼太郎の姿が見えなくなった時、桜子が真っ先に思ったのは……
「あたし、迷子になった」
であった。何が迷子だ。別に、本当に遼太郎とはぐれてしまっても、館内放送で呼び出してもらうなり、一人で帰るなり、そもそもスマホを持ってるって話だ。
(やっぱ、感情の振れ幅がオカシイよな……)
桜子はフラペチーノを啜った。普段はそーでもないんだ。こと遼太郎に関わる場合だけ、“女の子”と“妹”が好き勝手に暴れ出す。
記憶喪失が分断した、二人の自分。いつか記憶が戻ったら、二人はまたひとつになって、”本当の自分“が帰って来るんだろうか……?
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そんなことを思っていたら、不意に遼太郎の手が桜子に伸び、
「おいおい。お前、クリーム……」
そう言って、桜子の鼻先を指でスッと拭うと、
「子どもやアニメキャラじゃないんだからさ、普通つかないだろ、鼻に」
無意識にだろう、そのまま口元に運んでペロッと舐めた。
「……あーっ!」
店内に響き渡る声に、遼太郎は首をすくめ、周りを見回した。
「急……にっ、叫ぶな。店の中だぞ」
「お、お、お兄ちゃんこそ、人前で何やってんだ?!」
桜子が泡を食って小声で叫ぶと、遼太郎がぽかんとする。
「俺、何かやった……?」
「なろう主人公か! 今、あたしの鼻についたクリーム、指で舐めたじゃん! 人前で何やってんだ、このお外系ヘンタイ!」
桜子が耳を熱くして言うと、遼太郎もぎょっとして自分の指を見つめた。
「マジ? あー……完璧に無意識だわ」
「無意識に妹の鼻のクリーム舐めるな! 絶対何パーセントか桜子成分舐めたじゃん! そんなん、桜子舐めたのと一緒じゃん!」
「それは一緒じゃないだろ。お前成分とか、あったとしても1%未満だろ」
「繰り上げたら100%だろー! もうこれは桜子が食べられたのと同義だよ。カニバリズムか! この東京グール!」
「繰り上げ過ぎだろ。そこまでガッツリ食ってねえわ」
遼太郎もさすがに顔を赤くすると、桜子は腕組みしてそっぽを向いた。ああ、自分の中の“女の子”が、映画の“階段のダンスシーン”のように踊り狂ってる。
それを意識しつつ、桜子は弱っている遼太郎をジロッと睨んだ。
「もう……お外でこれだったら、お兄ちゃん、家であたしの鼻にクリーム付いてたら直接ペロッてするんじゃないですかー?」
「しねーよ!」
赤くなって慌ててる遼太郎を見て、桜子はちょっと楽しくなってくる。
「例えばさ、夏とか上だけ裸でアイスとか食べてるとするじゃないですか?」
「前提条件オカシクない?!」
「それでアイスが溶けて胸に垂れたら、お兄ちゃん、無意識に“パク” って…」
「何をだよ?!」
遼太郎がツッコむと、桜子は妙に色っぽく上目遣いに笑う。
「それ、桜子に言わせる気……///」
「い、いや、その、言わなくていい……」
「チ」
「言うな―!」
遼太郎が抑え声で叫ぶ。ナニコレ、超楽しー。
桜子はクスッとフラペチーノのクリームを指で掬い、ちょんと頬につけた。
「お兄ちゃん、また付いちゃったあ」
「そこは舐めないよ?」
遼太郎に睨まれ、桜子はシャツの襟を中指で少し引き下げた。
「こっち?」
「いい加減にしろ」
さすがに、こつん、と頭を叩かれた。
ああ、あたしの中の“女の子”、気持ち良さそうに踊ってるなあ。
さあさあ、狂ったように踊りましょう。きっと10年後のあたしは“お兄ちゃんのお嫁さん”なってるはずだからさ――……
「ゴメンね、お兄ちゃん。それは、お家でだよね……」
「とりあえず母さんに言って、家から乳製品撤去してもらうわ……」