Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】

魔法の時間の終わり


【恋人ごっこ(6/6)】

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 スタバを出ると、桜子はご満悦であり、遼太郎は疲労困憊であった。ちょっとやり過ぎたかなあ、と桜子は反省し、遼太郎に素直にお礼をいった。
「ごちそう様。ありがとー、お兄ちゃん」
「ああ……まあ、気にするべきは奢りとは別のところにあるが」

 その言葉に、桜子はふと心配になり、
「ねえ、お兄ちゃん。映画とかお昼とか、桜子いっぱいごちそうになっちゃったけど、お金、大丈夫……?」
真顔になって遼太郎を見上げた。遼太郎のお小遣いの月額は知らないが、今日は高校生には結構な出費をさせてしまったはずだ。


 すると遼太郎は笑って、
「心配するな。実は桜子と出掛けるからって、母さんから今日の軍資金をもらっている。俺より母さんに礼言っとけよ」

 そう言ったので、桜子はホッと胸を撫で下ろすと同時に、普通の高校生ならもらったお金をなるべく浮かして、自分のお小遣いにしたりするんじゃないかなあ、とも思った。
(お兄ちゃん、やっぱりそういうところ優しいっていうか、いい人だなあ)
そう思うと、いっぱいからかったのが、申しわけなくなる。


 桜子がしゅんとしたのを見て、遼太郎がその顔を覗き込んだ。
「どした、急に大人しくなって」
「うん……あのね、お兄ちゃん、遊びに連れてきてくれて、もらったお金もあたしのために使ってくれて、それなのに困らせるようなことばっかり言って、あたしイヤな子だなあって……」

 確かに今日はたくさん冷や汗をかかされたが、しおらしくなるとやっぱり桜子は可愛い。遼太郎は妹の髪をくしゃっと撫でた。
「何言ってんだ。今日は俺が桜子を誘って、付き合ってもらったんだろ」
ポンポンと、桜子の頭が軽く叩かれる。
「おかげで今日は楽しかったよ。ありがとな、桜子」
遼太郎の爽やかな笑顔に、桜子の胸がキュウウン!とする。

(や……やっぱり、お兄ちゃんはズルい……///)

 桜子がどれだけペチペチとジャブを打ち込んでも、強力なボディブロー一発で試合を引っ繰り返すんだもんな///
(お兄ちゃんってば、恋のフロイド・メイウェザー……)


「さて……そろそろ帰るか?」
「うん、そうだね、お兄ちゃん」


 恋人ゲームの決着もつき、桜子の楽しい時間もそろそろ魔法の解ける時だ。残念な思いはするが、これ以上は自分の身が持たない気もする。

「ねえ、お兄ちゃん。また来ようね」
「ああ。じゃあ今度も恋人ゲームで勝負するか?」

 遼太郎が笑いながら言うと、桜子は首を振った。
「ううん。だって、たぶんあたしじゃお兄ちゃんに勝てないよ……」

(それに……いつかは“ゲーム”じゃなくて、本当に……)


 そんな複雑な妹心の精神分析は、きっとフロイト(・・・・)だってお手上げだ。



 **********

 駅へと向かう途中、桜子はスイーツの出店屋台に目を留めた。
「ねえ、お兄ちゃん。タピオカってさ」
「何、まだ食うの?」
自分にはひとつでもギブアップな甘いの二つもペロッといって、まだいく気かと遼太郎は呆れるが、桜子は手を振って、
「そうじゃなくて、タピオカって“女社長の男性秘書”って感じがしない?」
「どういうこと?」


「『タピオカ、今日のスケジュールはどうなってるの?』、『タピオカ、会議のアジェンダはできている?』、みたいな」
「ああ、“岡”ね。“岡”の要素の話ね」

「で、女社長は仕事でトラブルとかあると、タピ岡と飲みに行くのね。それで、つい飲み過ぎて酔い潰れちゃった女社長を、タピ岡はおんぶして帰るの。女社長が背中で『タピ岡~、聞いてるの~』『聞いていますよ、社長』って感じで」
「なるほど。女社長はギャップで可愛いタイプなんだ」

「タピ岡は女社長のマンションまでおんぶで連れて帰るんだけど、女社長をベッドに寝かせて、テーブルに途中で買ったポカリと軽く食べるものを置いて、そのまま何もせずに帰っちゃうの」
「タピ岡さん、紳士なんだ。カッコイイな」

「でね、目を覚ますと女社長はテーブルの飲み物とタピ岡の残したメモを見つけて、ちょっと残念な気持ちなの」
「複雑な女心ってワケだ」


 桜子が話し終え、二人並んで、黙ってテクテク……
「今の何の話?!」
「え? 別に、ちょっと思いついただけ」
桜子がしれっとした顔で言うもので、ふと遼太郎も思いつき、
「その話で行くと、“タピオカミルク”って何か卑猥な……」
「???」

 兄は開いた口を、妹の無垢な瞳を見て閉じた。さすがに、中学生の実妹にカマすネタではなかった。
(……ケンタローに聞かせてみよう)
遼太郎は、話せない話を心のネタ帳に書き込んだ。


 余談だが、週明けケンタローにはめっちゃウケた。



 **********

 いよいよモールを出るところで、桜子は今度は雑貨屋の店先に陳列された帽子の中に、モコッとしたキャスケットを見つけた。

(あ、カワイイ……)

 手に取った帽子はリネンのブラウンベージュで、被ってみると今のコーデにもぴったりだし、これからの時期に使い勝手が良さそうだ。

「お兄ちゃん、どう?」
(うわあ、可愛い……)

 大きめの帽子を被り、にこっと笑った桜子は、今日一日振り回されてアタマの疲弊した遼太郎に、一瞬“兄の目”を忘れさせた。遼太郎はすぐハッして、
「ああ、良く似合ってる。カワイイよ」
「ホントー? わあい、遼君に褒められたー」
無邪気に笑う妹を、微笑ましく眺め直した。


 ふと、遼太郎は桜子の頭から帽子をひょいと取った。
「はにゃ?」
タグを裏返すと、
(三千円か……)
遼太郎はきょとんとする桜子を置いて店内のレジに向かい、
「被って行くんで、タグ外して下さい」
さっさと会計を済ますと、また桜子の頭にポスッと戻した。


 桜子は呆気に取られた顔で、遼太郎を見つめている。
「え……お兄ちゃん、コレ……?」
驚く桜子に、遼太郎はいかにも兄貴らしい顔を作って笑い掛けた。
「気に入ったんだろ? 今日は楽しかったからな。その記念っつうか、お兄ちゃんからのプレゼントだ」

 桜子はぱあっと顔を明るくして、すぐに曇らせた。
「でも、お金が……」
「軍資金がまだ残ってたからな、実質負担は半分ほどだ」
桜子はそれでも申しわけない気持ちだったが、口元が……自分の意思とは関係なしに……ムズムズと緩んできて……


 ばっと下を向き、キャスケットを両手で押さえて目深にして、
「お、お兄ちゃん、ありがとお……///」
もう、遼太郎の顔を見ることはできなかった。
(うわあ、可愛い……)
遼太郎はいつものやつを思っていたが、
「えへ……えへへ……うふう……くふふふう……///」
顔を上げずに奇妙な音をさせている桜子に、
(うわあ、気持ち悪い(カワイイ)……)

 さすがに、そう思った。


 ともあれ、桜子の魔法の一日が、こうして終わった。けれど、シンデレラのガラスの靴が、12時の鐘が鳴っても消えなかったように、桜子の心には消えない今日の記念と大切な思い出が――……


 帰りの電車では疲れ果てたのか、桜子は席に座るとすぐ、遼太郎の肩に頭を預けてすうすうと寝息を立て始めた。大きなキャスケットで遼太郎からは口元しか見えないが、
(……こうしていると、”小さい頃の桜子“のまんまなんだけどな)
“そこ”にちょこっと、知らない”女の子“が混ざっているのが、時々困る。

「……お兄ちゃん……」
「……っ!」

 寝言でまで呼んでくるとは、お前、どんだけだよ? 遼太郎は肩越しに、窓の外を流れる風景に目をやった。


 記憶をなくした桜子が自分のことを“知らない”ように、もしかすると自分も、桜子のことを“知らない”のかもしれないな。

「……むにゃ……よさぬか、ベイマックス……」
「いや、何の夢見てんの?!」



 **********

 その日、帰宅してから――……

「ちょっと、桜子。遼君に買ってもらって嬉しいのはわかるけど、ごはんの時は帽子は取りなさい」
「やだー、取らないー」

「お兄ちゃーん、お風呂空いたよー」
「うわっ、お前パジャマにそれ被ってんのかよ?」


 当然のように、桜子はその夜、キャスケットを被って寝た。



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