Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】
【秘密の恋、知られて】
26.サナとチーの学校裁判
【秘密の恋、知られて……(1/2)】
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26.サナとチーの学校裁判
「やー! 被ってくのー!」
週末が開けて月曜、いつも桜子より20分ほど早く家を出る遼太郎は玄関で、セーラー服で階段を下りて来た桜子からの頭から、キャスケット帽を取り上げた。
「やー、お兄ちゃんのエッチー! 脱ぎたくないのー!」
「ご近所さんが誤解するわ。ヤメとけって、没収されるから」
遼太郎に説得され、桜子は渋々帽子を学校に被っていくのを諦めた。
「じゃ、行ってくるわ……」
「行ってらっしゃーい、早く帰ってきてねー」
朝っぱらから妹のアホさに付き合い、余計な体力を使わされた遼太郎が、いつもにましてテンションも低く出て行った。桜子は満面の笑みでお見送りする。
「……じゃあね、お兄ちゃん」
だが、ドアが閉まった時には、そこにニコニコ笑う桜子はもういなかった。
登校時間になり、玄関を開けた桜子は、思い掛けない日差しに目を細めた。
(気づかないうちに、季節が変わったのか――……)
波乱万丈だった5月ももうすぐ終わり、制服の移行期間である桜子の学校では、夏服に着替えた生徒もちらほらといる。今日などは暖かくて、一気に衣替えが進むのではないかと思われる。
(でも……)
今日の桜子は袖のある冬服に、何となく守られている気がして、少し安心できた。
風の強い日だった。校門の前に立つと、吹き上げられた砂煙が、校庭を舞っているのが見えた。桜子の目には校舎がいつもより高く巨きく、圧し掛かって来るように映った。
後ろ側の扉から教室に入る。廊下側の席に目をやると、サナとチーは既に登校していた。
「……」
「……」
目は合わせたが、言葉は交わさない。黙って自分の机にカバンを置いても、二人が近づいて来ることはなかった。ただ、その視線が背中に突き刺さることは、桜子も痛いほど感じていた。
1時間目が終わっても、2時間目後の休み時間も、サナとチーが桜子に接触してくることはなかった。隣の席の東小橋君が、
「桜子殿、お二人とケンカでもなされたでござるか?」
心配そうに声を掛けてくれたが、
「ううん、そんなことはないよ」
桜子は微笑んで、そう答えた。
「二人とも、たぶん待ってるだけだよ……」
「その“刻”を――……」
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チャイムが昼休みの到来を告げた。午前中の授業から解き放たれた教室が、待ちに待ったランチタイムに、にわかに活気づく。
ガタン。音を立てて、桜子が机に手をついて立ち上がった。
静まり返った教室で、桜子は机に置いた手を見つめたまま、呟くように言う。
「やっぱり来たね……サナ、チー……」
「くくく……逃げ出さなかったことだけは、褒めてやるよ、桜子お……?」
「覚悟が出来た、ってことだよね……? それとも、“諦め”かなあ?」
ザッと取り囲むように、サナとチーが桜子の席の周りに立った。桜子がキッと振り向くと、その時、開け放った窓から風が舞い込み、カーテンと前髪を舞い上げ、かき乱した。
「サナ、チー……」
桜子が口を開き掛けると、サナも前髪をかき上げ、長身から顎を突き出すように見下ろしてくる。
「オイオイ……ここでおっ始める気かよ? 周りの奴らを巻き込んじまうぜえ……?」
「クスクス……まあ、こっちはそれでも、かまわないんだけど?」
チーが口に手を当て、挑発的に笑う。
そんな二人を怯むことなく見返し、桜子はカバンを開くと、すっとお弁当箱を取り出した。
「……場所を変えましょう」
「ああ、望むところだ。旧校舎の中庭なら来る奴もいねえ、邪魔も入らねえ」
「それは助けも入らない、ってことだけどねぇ?」
そう言うサナとチーの手にも、お弁当の巾着がぶら下がる。
三人の視線がしばし火花を散らし、やがて、揃って歩き出した。
遠ざかる少女達の背中に、思わず東小橋君が立ち上がった。
「桜子殿っ……!」
桜子は振り返り、少し寂しそうな目で微笑んだ。
「アズマ君……心配しないで。あたしは……きっと帰って来るから――……」
「……っ!」
桜子の言葉に、東小橋君はその後を追うことができず、三人が教室を出て扉が閉まると、ガンッとひとつ机を叩き、目を伏せ、黙り込んでしまう。その悲壮な姿にクラスメイト達は、何も問うことはできない。
その日からだった。桜子のクラスで、
「此花さんは何か強大な力から、学園の平和を守っているらしい」
という噂がまことしやかに語られるようになったのは――……
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「あーん、だからあ、違うのよお……///」
お弁当を広げた中庭のベンチで、さっそく泣きの入っている桜子を囲み、
「ラーブラーブ! それ、ラーブラーブ!」
サナとチーがラブラブ音頭で手拍子を打っていた。
言うまでもなく土曜に目撃された、ショッピングモールでの遼太郎との“恋人ごっこ”の件である。サナもチーも訊きたくてウズウズしていたが、昼休みまで待ったのは友情、否、東小橋君ではないが武士の情けであった。
まあ、クラスの連中に聞かせられねえヤバさ、を懸念したのもある。
ひとしきり桜子が真っ赤な顔で演じる痴態を堪能すると、サナとチーはチラリと目を合わせた。
(わかってるな、チー?)
(うん……相手は“あの”桜子、迂闊に突っ込むとこっちが萌え殺されかねない。慎重にいくよ?)
こくり、二人が頷き合う。
生か死か、命懸けの学校裁判、開廷――……!
まずは先鋒・サナが、軽くジャブを打つ。
「でさ、”恋人ゲーム“はどうなったんだ? ケーキ奢ってもらえたか」
「うん……スタバでフラペチーノとチーズケーキ奢ってもらっちゃった」
「おー、やったじゃん。あの後、一回も“お兄ちゃん”言わず?」
サナが訊くと、桜子は照れたように笑った。
「ううん、実はすぐに三回言っちゃって……でもお兄ちゃん、ケーキ奢ってくれたんだあ……///」
(て、お前、それゲーム関係なしに普通に奢ってもらってんじゃねーか)
サナはツッコミたい気持ちをぐっと押さえて、
「あー……桜子兄ちゃん、ああ見えて昔から優しいもんなー……」
そう言うと、桜子がウットリとした目で、“桜子ポーズ”を口元に当てた。
「うん……お兄ちゃん、いつだって桜子にすっごく優しいんだあ……///」
桜子の言葉と表情とポーズに、サナの方が赤くなった。
(なんつう顔してんだ。完全にノロケじゃねーか。つうかお前、今自分のこと“桜子呼び”しなかったか……?)
桜子の一人称は、基本“あたし”だ。そして当人は自覚していないが、遼太郎の前でだけ、ちょこちょこ自分を名前で呼ぶ。今はどうやら、遼太郎のことを考えていて、桜子の“妹”モードのスイッチが誤作動したらしい。
サナはチーを振り向くと、サッサッとハンドサインを送った。
(ワレ、キカンブニ、ヒダンセリ。イチジ、ゼンセンヲ、リダツスル)
(リョウカイシタ。シュウイケイカイヲ、オコタルナ)
チーはニコニコと笑いながら、
(チッ。サナめ、不甲斐ない奴だ……)
人面獣心、腹の内で舌打ちする。
(とは言え、記憶を失った桜子は、前にも増してカワイイ。”桜子ゾーン“……下手に踏み込むと、こっちがヤラれる……)
チーの目が、ギラリと光った。
(いや……むしろここは“速攻”ッ!)
“肉食系小動物”チーVS“自爆型殲滅兵器”桜子……激・突!
嬉しそうに“お兄ちゃん”のことを話す桜子に、乗る形でチーは、
「まー、確かに“桜子兄ちゃん”、すごくカッコ良くなってたもんねー」
「えー? そんなことないよう///」
「私もあんなお兄ちゃんだったら欲しいなー」
「もー、褒め過ぎだってばー」
チーの笑みが、ニヤリと広がるのをサナは見た。
「あれだけカッコ良かったら、桜子も“お兄ちゃん大好き”になるよねえ……?」
(仕掛けた……!)
サナはゴクリと息を飲む。チーは重ねて、
「そう言えば桜子、“恋人ゲーム”ノリノリだったもんねー?」
「そ、そんなことないよ。アレはお兄ちゃんが言うから仕方なく……」
「あれれえ? 私が見た時、きゅうって手とかつないじゃってたよ?」
(チーの奴、まさにラーテル……!)
ラーテル【イタチ科ラーテル属】、体重10キロ程度ながらライオンにさえ戦いを挑むという、ギネスブックに“世界一怖いもの知らずの動物”と登録される小型肉食獣である。
「あの時ってさー、マジにお兄ちゃんとチューしようとしてた……?」
攻勢肉食獣の前では、あわれ桜子は無防備な獲物でしかない。だが……
「それは……もちろん、本気じゃなかった……よ?」
腰の前で指を組み、スンッという顔を作りながら頬を染める桜子の姿には、チーの方も無傷ではいられない。
(クソ可愛え! 一撃入れるごとに、こっちにもカウンターダメージ入るぅ!)
これこそ桜子が“自爆型兵器”たる所以である。
反撃で手負いになったチーは、焦って“桜子ゾーン”に踏み込んだ。
「て言うか、もしかしてさあ! 桜子が“記憶なくしてから会った、好きになった人”ってお兄ちゃんのことなんじゃないの?!」
(行きやがったあああっ?!)
出し抜けに直球を放ったチーに、サナは慌て、ハラハラとして二人の友人を交互に見る。もちろん、
「うええええっ?!」
サナ以上に慌てているのは図星を突くどころか、貫かれた桜子だ。
「そ、そ、そ、そんなわけないじゃん! だって、お兄ちゃんだよ?!」
「いーや! あれはゲームにしては二人ともラブラブ過ぎた!」
チーも懸命に食い下がる。
命懸けの学校裁判が加速する――……
言いわけ無用の顔の赤さで、桜子は……
「異議あり!」
必死に裁判の逆転を試みる。
「あたしは妹、お兄ちゃんはお兄ちゃん! 兄妹で恋愛感情なんか持つわけがない!」
「それは違うよ!」
対するチーが、弾丸のような論破を仕掛ける。
「桜子は記憶をなくして、お兄ちゃんのことも忘れている! お兄ちゃんだってわからなければ、好きになってもおかしくない!」
「う……!」
桜子は言葉に詰まり、詰まったことが既に答えであった。
桜子の胸に、じわり、恐怖に似た感情が沁み込んできた。