Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】

3.“おかーさん”の唐揚げ


【はじめまして、お兄ちゃん!(3/6)】

 ********************

 夕食のテーブルには、唐揚げに野菜スープ、グラタンにポテトサラダまで並んで美味しそうにほかほか湯気を立てていた。
(へーえ、豪華だなあ。あたしの退院のお祝いって感じかな?)
「ふうん、張り切ったね。桜子の快気祝い?」

 思っていたことを遼太郎がぼそりと呟き、桜子はまたドキッとさせられた。
「そういうわけでもないんだけどね、ほら、病院食って味気ないでしょ」
“お母さん”がにこにこして言った。病院のごはんはいわゆる素材を活かす系で、桜子は自分の好き嫌いすら覚えてないけど、確かに物足りなかった。


 しかし桜子はテーブルの前で、少しまごまごしていた。遼太郎はそれに気づいたらしく、さりげなくさっと座って、隣の椅子を指差した。
「お前はそっち」
「は、はいっ(と、隣~、遼太郎さんの隣~い)」
まあ、普通です。こうして二日ぶりの、初めての、家族の食卓は始まった。どうやら“お父さん”は仕事で一人で後で、が此花家の“普通”のようだった。


 さて、家族の食卓ではあるが、桜子的には知らない人達との食事である。しかも隣は“好きな人”だ。お行儀に気を遣い、背筋ピーンで食卓に向かう。心情的には、“彼氏とその母親と初めて食事をする”に近い。
(て言うか、唐揚げてんこ盛りだなあ。あたし、結構食べる方なのかな?)
こっそり左手で、脇腹の肉をつまんでみる。そこまででは、ないよね?
(あ、美味しい)
緊張しつつ口に運んだ唐揚げは、しっかり下味が染みていて、桜子の好みの味だった。腿肉でなく胸肉なのも、此花家風なんだろうか。

「どう、桜子?」

 桜子が唐揚げを食べるのを、じっと見ていた“お母さん”が期待を込めた眼差しでそう訊いてきた。
「はい! とっても美味しいです!」
この三日で少しは打ち解けてきた“お母さん”に、桜子は割と遠慮なく答えた。


 が、“お母さん”はちょっとガッカリしたような顔で、微笑んだ。
「そう……良かったわ。お母さんいっぱい揚げたから、足りなかったら言ってね」
“お母さん”のその様子を見て、桜子はハッと気づいた。

 この料理……たぶん、きっと、あたしの好きなメニューなんだ……! “お母さん”、あたしが大好物を食べれば、記憶が戻るかもしれないと思って……!


 そう思った途端、堪えようもなく涙がじわっと滲んだ。
「お……お母さん、ごめんなさい……折角、あたしの好きな料理作ってくれたんですよね……? でも、まだ私……ごめんなさい……」
すると”お母さん“の目にも、ぼろぼろと涙が溢れた。
「ごめんね、桜子……お母さんが悪いの、桜子にそんな思いさせるつもりじゃなかったの。ただ、桜子に大好きなものを食べさせてあげたくって……」

「おがあざあーん」
「ざぐらごおー」
「お代わりある?」

 母娘の愁嘆場に、兄の呑気な声が割って入った。
「空気読めー!」
“お母さん”が息子にガチめのツッコミをくれる。何となく、桜子は初めて“ありのままのお母さん”を見たような気がした。


 当の“お兄ちゃん”は平然とした顔をして、桜子の皿の唐揚げをひとつ取った。
「あ」
「取られたくなきゃ、泣いてないで食えよ。旨いんだろ?」
「うん……」
遼太郎はモッサリした髪型で、モッサリした上下ジャージで、妹の唐揚げを口に放り込んだ。
「別に焦らなくてもさ、母さん。桜子も、ずっとこのままじゃないだろうし」
鶏肉を噛みながら、遼太郎は器用にはっきりとしゃべる。
「母さんは桜子の好きな料理を作った、桜子は旨いって言った。今はそれでじゅうぶんなんじゃないの」

 そう言って、野菜スープの深皿を取り、スプーンを使わず直接すすった。
「母さん? お代わりくれなきゃ桜子の唐揚げなくなるけど?」
「ああ、そうね! 幾つ食べれる? あ、桜子もハイ、取られた分」
皿に乗せられた唐揚げ一個を見つつ、桜子の目にまたぶわっと涙が浮かんだ。
「ああっ、桜子ちゃん。気にしないでいいの。お母さんが急ぎ過ぎたのよ、ゆっくりね、桜子のペースでゆっくり思い出していきましょうね」
“お母さん”が優しく言い聞かせてくれたが、桜子は……


(遼太郎さん、しゅきいいいいいいいいいいいいいいっっ!)


 死ぬほど明後日な方向へ突き抜けていた。
(何なの? 死ぬの? あたしが死ぬの? そのさりげなく? ぶっきらぼうな感じで? 女二人をさらりといさめて、自分はちょっとカッコ悪い感じ装って、そんなんカッコ良過ぎだろ、もおおおおおおおおおおおおっ!)
“お母さん”には悪いけど、もう唐揚げもグラタンも味わかんねえ。

(あげちゃう……“お母さん”の揚げちゃった唐揚げ、全部あげちゃて食べられてもいいからあ……)

(むしろ桜子のことも食べてえええっ!)

 もう、胸肉でも腿肉でも、お気に召すまま……///



 **********

 “お兄ちゃん”は、唐揚げで満足して部屋に戻りました。


 桜子が遼太郎の皿も自分のもさっさと重ねてシンクに置き、ざっと水で流してスポンジに洗剤をつけようとすると、
「あ、いいのよ、桜子。水に浸けといてくれればそれでいいわ」
“お母さん”が目を丸くしてそう言った。
「いいんですか? 手間じゃないので、お皿くらい洗いますよ?」
桜子がそう言うと、“お母さん”がくすくすと笑った。
「桜子、あなた、記憶がない方がいい子じゃない」

 そう言われて、桜子は胸につっかえていた“お母さん”への申しわけなさが、ふっと軽くなった。“お母さん”が自分の記憶喪失を冗談にできたのは、少し“今”を乗り越えられたってことだろう。

 記憶を失くして何が辛いって、忘れてしまった大切な人達が悲しんでいることである桜子は、“お母さん”の笑顔に救われる思いがした。


 そして、その笑顔を引き出したのは、遼太郎である。
(遼太郎さん、本当に家族想いでカッコイイなあ)
その家族に、あたしも含まれているんだなあ。桜子はぱっぱっと手の水気を切ってタオルで拭いた。

「いいんですか? あたし、何でもお手伝いしますから言ってくださいね」
「いいのよ。それより、その敬語を使わなくてもいいんだけど。親子だし」
「それは……その、もう少し慣れるまで」

 桜子が困って言うと、“お母さん”は微笑んでくれた。
「桜子の、ペースでね。じゃないとお母さん、また遼君に叱られちゃうわ」
桜子も笑って、何となく、“お母さん”と新しい関係が築けたように思った。今は妄想が暴走することなく、“お兄ちゃん”に感謝することができた。


 後片付けが終わって、桜子は見慣れないキッチンをきょろきょろ見回した。
「あの、おかーさん、ちょっとコーヒーが飲みたいんですけど、インスタントってあります? あたしのマグカップってどれですか?」
それを聞いた“お母さん”が、ハッとしたように桜子を見た。
「今の“おかーさん”って、桜子の言い方ぽかった」
そう言われて桜子、ぽりぽりと頬を掻いて……

「えーと、“お母さん”、あたしのマグカップ……」
「何で言い直すの?!」

 “お母さん”にツッコまれ、桜子は困ってしまう。前を思い出すべきか、新しく築くべきか……全ては自分の記憶次第、やっぱり両親に申しわけない気持ちは一朝一夕に消えるものではない。


 “お母さん”からインスタントコーヒー、クリームパウダー、ついでに紅茶の場所なんか教えられて、
「もちろん、いちいち訊かないで好きに使っていいからね。前の桜子は、無くなってもそのまんまで言いもしなかったんだから」
身に覚えのない過去のダメ出しまで頂いてしまう。


 桜子はコーヒーの用意をしつつ、気持ちを整え、何気ないふうを装って、
「あ、おかーさん。遼た……”お兄ちゃん“のマグはどれですかね?」
“お母さん”に訊いた。
「あら、遼君にも淹れてあげるの?」
「まあ、ついでですから」
「桜子とお揃いの、青いやつよ」

 スンッとして言うと、“お母さん”は兄妹の仲の良さを喜んで答えてくれた。もし桜子の本心の部分を知られたら、“お母さん”は卒倒してしまうかも……桜子はスンッの練習をせねばなるまい、と心に決めた。

(ふへっ、“お揃い”かあ~///)


 少なくとも、両親の前では。


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