Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】
33.兄と妹のエロ漫画談義
【兄と妹の漫画談義(2/2)】
********************
お兄ちゃんの部屋でこっそりイケナイことをしてるところを、見つかってしまう……それはまさに、今読んでいる漫画と全く同じシチュエーションだった。
それも、兄妹モノのエッチな漫画を読み耽り、主人公を自分になぞらえて大興奮していたのだから、もはや何の言い逃れもできない。
実際のところ、帰宅したら妹が秘蔵のお宝を読んでいるという状況に、さすがの遼太郎も脳がフリーズしている。妹の心身の状態などに考えが及ぶはずもないが、それ以上のパニック下にある桜子は、最悪の事態しか想定できない。
(これは……“ユウちゃんと同じこと”になっちゃうってこと……??)
そんなことを考えた挙句、桜子の頭は湯気を上げて、機能を停止した。
深刻なエラーが発生しました……深刻なエラーが発生しました……(CV.初音ミク)
エッチな漫画を手にした中学生の妹に、カバンを肩に掛けたままの遼太郎が、
「おい、ダメだよ、お前がそういうの読んじゃ……」
そう言うのを、頭に血の昇り過ぎた桜子が、ぼうっとした目で見上げた。顔も真っ赤で熱いけど、体の芯にもよくわからない熱さがある。何だか、まるで自分の体じゃないみたいだ。
(怖い……助けて……)
そう思って見つめる遼太郎の顔に、桜子はぼんやりと考える。
(お兄ちゃんなら、助けてくれる……?)
病院で転びそうになった時も。
思わず頬にキスして泣き出した時も。
恋人ゲームがサナとチーに見つかった時も。
指輪が抜けなくなったときだって。
いつだって、お兄ちゃんは桜子を助けてくれた。桜子が助けを求めて手を伸ばせば、お兄ちゃんはいつだってちゃんとつかんでくれる。
(お兄ちゃんなら、今のあたしも、どうにかしてくれる……?)
桜子は少し開いた唇から吐息を漏らし、熱っぽくうるんだ瞳でぼうっと遼太郎の顔を見つめて、そろそろと手を伸ばすと――……
「何こんなエロい本を隠し持ってんだーっ!」
ギリギリで我に返り、遼太郎に抱き締めていた枕を投げつけた。
「桜子の少コミ、エロいってバカにして、自分は何てモノ持ってんのさー! このエロ! ヘンタイ! “ユウちゃんのお兄ちゃん”!」
「誰、“ユウちゃんのお兄ちゃん”?!」
耳新しい罵倒語に目を白黒させる遼太郎に、桜子は勢い任せに詰め寄りながら、超赤面は怒っているからではなかった。
(アブねええええっ! 何を“その気”になってんだ、あたし?!)
“その気”が“どの気”であるのか、頭にエッチな漫画の知識が入ったばかりの桜子にはアヤフヤだが、少なくとも一瞬、その漫画みたいな事態を想定したことは間違いない。実の兄に“どうにか”されてどうすんだ?!
「あんなエロい漫画、あたしというものがありながらー!」
「落ちつけ。妹とこういう漫画は、同じカテゴリーのモノではない」
しかしエッチな本を発掘され、枕を顔面に被弾しながらも、それでもやはり遼太郎は桜子よりはいくらか冷静であった。
当初の衝撃を何とか乗り越えた遼太郎は、カバンを下ろし、部屋を横切って、椅子にぎしっと腰掛けて平静を装いつつ足を組んだ。
「確かに……その漫画の内容はエロい。中学生のお前には、さぞ刺激が強かったことだろう」
「そ、そうだよ! あんなの、あたし、全然知らなかったのに……もう、お兄ちゃんに無理やり純潔を奪われたような気持ちだよ……」
「勝手に人の部屋を漁っておいて、人聞きの悪いにもほどがある」
桜子のメチャクチャな言い分に少し怯んだが、
「お前のショックもわからないでもない。だが、妹よ、よく考えろ」
遼太郎が左手で右の肘を取り、中指で眼鏡をクイッと押し上げると、レンズが照明を反射して白く光った。
「それは絵だ!」
「絵か!」
「兄がインクと線に興奮する、特殊な変態だと思ってか!」
「思わねえ!」
遼太郎が組織の司令官のような顔で押し込むと、桜子はうーんと唸った。
「確かに、萌えられる文房具なんて、戦場ヶ原さんくらいのものだよね……」
「いいところを突く。桜子、お兄ちゃんが無類の漫画なのは知っているな?」
妹がこくんと頷くのを見て、遼太郎は一気呵成に仕掛けた。このまま勢いで押し切らねば、兄の尊厳が死ぬ。
「一般紙と比べ、いわゆるエロ漫画というのは比較的縛りが少ない。エロを抜きにして読んだ場合、意外と設定や表現がキレていて面白い物も多いんだ。まあ、エロ漫画である以上 “そーゆーシーン”は必然的にあるが、ほら、仮面ライダーもストーリー重視の回でも、申し訳程度にはバトルシーンを挟むだろ? それと同じだ」
「な……なるほど……」
桜子は兄の長台詞に、半分くらいわからないまま頷いた。
遼太郎は当惑顔の桜子に向かって、
「それにさ、“食戟”とか“黄昏少女”とか“か”ばくおん!“とかも、作者エロ出身だぞ?」
「へえ……そーなんだ……?」
「元々が女キャラを魅力的に描けなきゃ売れないてないし、裸を描き慣れている分デッサン力があって画力も高い。未来のヒット作を占う意味でも、お兄ちゃんはこういう雑誌もチェックしているわけだ。わかるな?」
「う、うん? わかる……かな、うん」
勢いに任せ過ぎ、途中割とキモイ感じでしゃべっていて、若干桜子が引いていることに遼太郎は気づいていない。
いっそ清々しいまでの詭弁であったが、遼太郎の装う理路整然さと自分自身の素直さ、加えて心身の混乱もあって、桜子はまんまと言いくるめられた。
「そーか……じゃあ、お兄ちゃんはエロくないや、ゴメンなさい」
「うむ。理解してくれて兄も嬉しい」
純真な目でぺこりと頭を下げた桜子に、遼太郎は表向き平静な顔で頷くが、罪悪感はないでもない。妹の素直《アホ》さが少々心配でもある。
(うーん……“そんな桜子”に、“余計な知識”が入ってしまった……)
多大な悪影響が懸念された。
しばし、兄妹揃ってエッチな漫画の表紙を見下ろすという、異常な状態が続いたが、ふと桜子が顔を上げて、
「時にお兄ちゃん」
「何だろう?」
「妹モノというものについては、如何お考えでしょうか?」
またどうしようもなくインコースぎりぎりインセストな速球を投げ込んできた桜子に、遼太郎は再び眼鏡を白く光らせた。
「ジャンルとしてはアリだ!」
「何か男らしい!」
否定も誤魔化しもせず言い放った遼太郎に、桜子は妙な感銘を受けた。遼太郎がジャンルという言葉で、巧妙に主旨をスライドさせたことには気づいていない。
本当のところ、自分に妹がいるというところから、遼太郎は意図的にそのジャンルは遠ざけることにしていた。何か、後ろめたいのだ。
**********
ともあれ、遼太郎決死の軌道修正で、事態は表面上は沈静化した。結局何だかんだで、今日もみーんな救われた、サンキュー、お兄ちゃん!
漫画の内容にあまりの衝撃を受けたとは言え、一瞬の気の迷いでも、“そーゆーこと”の対象にお兄ちゃんを求めかけた自分に桜子は慄然としている。
(もしお兄ちゃんが、“ユウちゃんのお兄ちゃん”だったら……)
今頃どうなっていたことか……
桜子は、たぶん拒めなかった。
またオカシナ方向に行きそうになる自分に、慌てて頭を振り、桜子は少し頬の赤いままツンとして立ち上がった。手には雑誌を持っている。
「ま、お兄ちゃんの主張は理解しました。だったら、これ、あたしが借りてっても問題ないよね? 少コミとトレードということで」
澄まして部屋を出ようとする桜子に、遼太郎は声を掛ける。
「ああ。使い終わったら返せよ」
「わかった、使い終わったら返――……」
エッチな漫画が遼太郎の顔面を直撃した。
椅子で仰け反り天井を向く遼太郎に、真っ赤な桜子が怒鳴る。
「死ねっ! バカ! ヘンタイ! お兄ちゃんのマザーファッカー!」
「お兄ちゃん、そのジャンルはナイよ?」
外のネームプレートが傾く勢いで、ドアが閉められた。
もう一度同じ音が隣の部屋から響くのを聞いてから、遼太郎はズレた眼鏡を中指で掛け直し、おもむろに床の雑誌を拾い上げた。
(……――計画通り)
無事、回収成功。遼太郎は某漫画の、“黒いノート”を取り戻した時の主人公の顔になっている。
ああは言ったものの、中学生の妹にやっぱり“こういう内容”は早い。女の子でもあるし、間違った性知識を身につけては良からぬことにもなりかねない。
遼太郎はため息をついて、拾った雑誌を何の気なしにパラパラと捲った。そして“ユウちゃんのお兄ちゃん”が誰なのかを知り、顔をひきつらせた。
**********
足音高く部屋に戻った桜子だったが、ベッドに腰を下ろすと、頭の中にさっき読んだ漫画の内容がよみがえってきて、また耳まで真っ赤になった。
(あ……“あんなこと”するんだ……男の人と‥‥///)
桜子の頭には、大量の情報が一気に入力された。ただし処理する桜子OSは未アップデートであり、エラー&フリーズの状態である。まさしく“不埒なデータ(CV.ニノ)”だ。
自分の心と体に起きている変な感じに、どう対処すればいいのかもわからない。
(♪“あんなこと”いいなー、できたらいいなー)
頭の中でグルグル回る漫画のシーンの、女の子の顔が、いつのまにか桜子自身になっている。そして、男の子の顔は……
♪あンあンあン、とっても大好き――……
久しぶりに、桜子の右ストレートが桜子の右頬を打ち抜いた。
(あぁん……パーンチ……)
ベッドに殴り倒された桜子は、“ベッドに寝ている”ということに、またビクッとした。何だかもう、考えれば何もかもがエロい。
(……ちんすこう……マチュピチュ……マンホール……ペイズリー……)
これ、今夜たぶん寝れねー。絶対、変な夢見るわ。
その夜、桜子は夕食の付け合わせウインナーにドキドキし、お風呂で体を洗うのも変に意識し、遼太郎の顔は見られず、ベッドで布団に包まっているのも何だかエッチな気がして、体を丸めてモンモンとして眠った。そして――……
なぜか、ヌイグルミのクマさんと一緒に温泉に浸かりながら、チョコレートパフェを食べている夢を見た。