Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】
【番外編】

桜子、異世界へ行く【其の一】

 番外編.桜子、異世界へ行く【其の一】



「じゃ、行って来るわ」

 いつもの朝、遼太郎はいつもの呟くような挨拶で、桜子より早く家を出る。しかしその日は桜子が、キッチンに遼太郎の弁当箱の包みを見つけ、
「お兄ちゃん、お弁当忘れてるっ!」
遼太郎を追い掛けて、続いて玄関から飛び出した。そして、立ち止まっていた遼太郎の背中に顔から突っ込んだ。

「イターい! 何なのさ、お兄ちゃん……って……え?」
「おい……どこだ、ここ……?」


 家の玄関から出た二人は、いつもの前の通りではなく、異国風の見知らぬ町並みの大通りにいた。振り向くと自分達の家もなく、エキゾチックな露店が立ち並ぶ。
「え……えええええっ?!」
「何だ、これは……?」


 そう、そこはまるで、自分達のいる世界とは“別の世界”……言うなれば、“異世界”のようであった。



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【Sister Cherry!特別編】

【桜子、異世界へ行く……(1/4)】

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 いきなり見知らぬ街に放り出された桜子は、驚いてポカンとしていたが、さすがの遼太郎、いくらか冷静に状況を分析していた。
「これは……もしかして、“異世界転移”というやつなんじゃないか?」
「いせかいてんい?」

 聞き慣れない単語に桜子が首を傾げると、
「ああ。漫画とかアニメとかで聞いたことないか? 平凡な高校生が、ある日突然“別の世界”に飛ばされて、冒険に巻き込まれる的な……」
遼太郎が言うのを聞き、桜子が笑い出した。
「あはは。もー、お兄ちゃんたらゲームのし過ぎだよー」
「いや、でも、現に」
桜子はきょろきょろ辺りを見回し、目を見開いた。
「ホントだ!」

「えええ?! ど、どうするの?! どうやったら帰れるの?!」
「知るわけないだろ。下手すりゃ、二度と帰れないかも……」
「そ、そんなのヤだあ!」


 大騒ぎする桜子に、遼太郎は腕組みして考え込む。と、兄の頭上にパッとスクリーン画面のようなモノが現れた。
「え、それどうやったの?」
「わからん。けど、たぶんこうやれば(・・・・・)……」

【>>ステータス】 ぴっ。

 次の瞬間、ウインドウに文字と数字の羅列が表示された。


【りょうたろう レベル:17     】

【ちから   :47 みのまもり:38】
【すばやさ  :27 かしこさ :52】
【うんのよさ :48 かっこよさ:71】
【さいだいHP:78 あいじょう:78】

【E:がくせいかばん         】
【E:ブレザーのせいふく       】
【E:タングステンのゆびわ      】


 桜子が目を丸くした。
「何これ、ゲームの画面みたい」
「まさしくそうらしいな。これがこの世界での、俺の“強さ”というやつなんだろう。高いのか低いのか、全くわからないけど」
「いいな、あたしも自分の見たい!」

 桜子が目を輝かせてせっつくので、
「感覚的なもんなんだけど、まず頭の中で“ステータス”って考えてみろ」
「えーと、こうかな? “すてーたす”!」
遼太郎がコツを教えると、桜子もすぐ飲み込んで試してみる。

「出た!」
「どれどれ……」


【さくらこ レベル:13       】

【ちから   :14 みのまもり:11】
【すばやさ  :53 かしこさ :33】
【うんのよさ : 3 かわいさ :84】
【さいだいHP:75 あいじょう:99】9


【E:おべんとうばこ         】
【E:セーラーふく          】
【E:タングステンのゆびわ(のろい) 】


「何かいろいろ低ぇー!」
「学生カバン武器扱いなのか……お、いつのまにか、あの指輪装備してる」
「てか、あたしの“括弧のろい”なんだけど……」
「抜ける?」
「抜けねえ。しかも、武器お弁当箱って何なんだよ……」

「それにしても、お前ステータス偏ってんな」
「“うんのよさ:3”って、ヒドくない? そりゃあ、事故で記憶失くすとか、運が悪いのかもしんないけどさあ」
「それと“あいじょう”どうなってんだ? 表示バグってんじゃねーか」


 自分達の能力が数値化されるなんて、現実ではテストの偏差値くらいしかありえない。兄妹は面白がって、互いのステータスを見せ合いっこする。
「あ、そうだ。スキルとか見れねーかな?」
「スキル?」
「特殊能力みたいなもんだ。魔法とか使えたら面白いんだけど……」

 遼太郎はウインドウを眺め、ひょいと手で操作を試みる。


【スキル:えいけんじゅん2きゅう】
「戦闘に関係ねえ!」
「へえ、お兄ちゃん英検持ってんだ?」

【スキル:つっこみがするどい】
「もはやスキルでもねえ!」
「あたしは……」

【スキル:おにいちゃんに4ばいダメージ】
「お兄ちゃん、味方だよ?!」
「試しに攻撃してみてもいい?」

【スキル:すきなひとのためならなんでもできる】
「ただの性格じゃねーか!」
「で、でも……」


 桜子がセーラーのスカーフのところで指を組み、ぽっと頬を染めて、遼太郎を上目遣いで見た。
「あたし……何でもできるし、何をされても平気だよ……?」
「そ……そうすか……」
遼太郎はいつもながらからかわれ、タジタジとなる。さすがは“かわいさ:84”、“あいじょう”表示バグ……

(何かコイツ、“魅了(チャーム)”のスキルでも持ってんじゃないか……?)


 通常攻撃が魅了攻撃で、お兄ちゃん特効攻撃の妹さんは好きですか……?



 **********

 さて、ステータス画面でキャッキャッと遊んでいた二人だが、にわかに、街がざわつき始めた。

 何事かと振り向くと――……


 人身獣面、毛むくじゃらの怪物が、こちらへ走って来るところだった。
「お、狼男っ?!」
「ま……町中でモンスター出る設定なのかよっ?」
驚き慌てた桜子はもちろん、遼太郎も咄嗟にどうすべきかわからない。

 中盤のモンスター感のある獣人が、レベル17で勝てる奴なのか。そもそも学生カバンで戦えるのか。まず初期装備を整え、スライム辺りと戦わせてもらわないことには、自分の強さの目安が全くわからない。


 と、その時、ひとつの影が地面を滑るように走り込んできた。


 現れた男は、素早く二人と怪物の間に割って入ると、疾風一閃、ひと太刀で狼男を切り倒した。
「大丈夫か?」
息も乱さず振り返ったのは剣士風の装いをした、遼太郎と同年代くらいの少年だった。目と髪は黒く、手にしているのは日本刀風の剣。若いながら精悍で、いかにも手練れの戦士職という印象がする。

 何はともあれ危機を救われ、
「ありがとう、助かったよ」
礼を言った遼太郎に、
「話は後だ、ついて来い」
少年剣士は周囲に油断なく目を配りながら言い、二人を促して歩き出す。遼太郎と桜子は顔を見合わせ、とにかく剣士に従うことにした。


 足早に進む背中を追い掛けつつ、
(カッコイイなあ……///)
桜子は怪物を一刀の下にやっつけた少年剣士の凄腕を思い返した。ピンチに颯爽と現れたし、顔だって表情は厳しいけど、よく見るとちょっとカワイイ。

(お兄ちゃんがいなかったら、好きになっちゃってたかも~///)


 ワケのわからない状況ながら、桜子さんはちょっと楽しくなってきていた。



 **********

 少年剣士は細い路地裏へ滑り込むと、二人を先に行かせ、物陰から大通りを窺った。やがて得心したらしく、息をついて路地に引っ込んできた剣士に、
「改めて礼を言うよ。何しろ、ここに来たばかりで右も左もわからない……」
「ああ、そうだろうな」
話し掛けた遼太郎をさえぎり、剣士はこう言った。


「あんたら、異世界転移者だろ? それも転移したての」


 さも当たり前のような口ぶりに、遼太郎は驚く。
「なぜ、それを?」
そう訊かれ、剣士は笑った。
「そりゃあ、そんなカッコをしてりゃあな」

 確かに、遼太郎と桜子の着ているのはそれぞれの学校の制服だ。剣士の中世西洋(ファンタジー)風の装束からすると、この世界ではさぞ奇異に映るに違いない。

 すると剣士は、更に言葉を続けた。
「それに、かく言う俺も、異世界転移者なんだよ」
目を見張った遼太郎に、少年剣士は名乗った。
「ユマ・ビッグスロープ。こっちでは、その名で通っている」


「ようこそ、お二人さん。異世界“カルーシア”へ――……」


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