Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】

桜子、異世界へ行く【其の三】


【桜子、異世界へ行く……(3/4)】

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「るああ。アタシはルシウ・コトレット。異世界管理局の監視人(クストーデ)さ」


 コトレットさんと名乗った少女は、桜子と同年代くらいで、魔法使いのような真っ黒のローブを着て、頭からすっぽり頭巾を被っている。肌の色は磨いたブロンズのようなエキゾチックな褐色で、頭巾から零れた髪は純白に一滴の黒を垂らしたような淡い銀色。

 そして目深な頭巾の下から覗く瞳は、信じられないくらい鮮やかな赤い色をしていた。


 ユマは魔法のように現れたコトレットさんに、頭を掻きながら声を掛けた。
「よう、ルシウ。今日はずいぶん大人っぽい姿(・・・・・・)じゃないか」
「ひひひ、残念かい、“ユーマお兄ちゃん”? どうやら今この場の“世界観”を支配しているのは、そっちの“桜子”らしいからな。その子のイメージに引っ張られてるのさ」
桜子と遼太郎にはよく意味のわからない会話を交わして、コトレットさんはユマから桜子に目を向けた。

「るああ。聞きな、此花桜子。お前のスキルだが……」
「あのっ、“お兄ちゃん”って、ルシウさんはユマさんの妹さんなんですか?!」
「るあっ?!」


 異世界監視人として、ピシッと台詞をキメようしていたコトレットさんは、桜子の食い気味のテンションに面食らった。
「いや……そうじゃなくて、年上の男の子に対する“お兄ちゃん”……」
戸惑うコトレットさんに、血塗れセーラー服の桜子がぐいぐい迫る。

「えっ、それって本物の目の色なんですか? すっごく奇麗!」
「え……あ……どうも……」
「髪の色も日焼けした肌に似合ってるし、ルシウさん可愛い~」
「へ……うーぷす……そ、そんなこと、別にない……」
「その、“るああ”とか“うーぷす”って、こっちの言葉なんですか?」
「いや……これはアタシの口グセみたいなもんで……」
「肩とかも華奢だし、でも仕草はちょっと男の子っぽいし……」
「うーぷす。ゴメンね、ガサツな女で……」
「ちょっとだけ、ハグしてもいいですかあ……///」
「るあっ?!」


 コトレットさんは際限なく接近する桜子の頭をがしっとつかみ、笑いながら見ているユマを振り返った。
「なーふ! ユマ、こいつはどういう奴なんだ?!」
「俺も会ったばかりだけど、そういう子みたいだよ」
今度は遼太郎に向かって、
「お前っ、兄貴としてどーゆー教育しているんだっ!」
「申し訳ない。返す言葉もありません」

 遼太郎は桜子を後ろから羽交い絞めにして、コトレットさんから引き離す。
「やだー。触るうー。あの子に一回でいいから触るー」
「ご迷惑だから。困ってらっしゃるから」
引きずられてく桜子を見る、コトレットさんの頭巾からアホ毛が幾筋か垂れた。

「うーぷす……今まで関わった転移者(トランジッテ)の中で、一番手強いかもしれねえ……」


 まずは、一旦仕切り直し。



 **********

 自分に対し警戒の距離を取るコトレットさんに、少々不満の色を見せながら、桜子も今度は真面目な質問をぶつけてみた。
「それで、ルシウさんはユマさんの仲間で、魔法……あ、ルシウちゃんって呼んでいい?」
「なーふ! 好きにしろよ、面倒くせえ!」
「ルシウちゃんは魔法使いみたいな人で、ユマさんを助けに来てくれんですか?」

 これを聞き、コトレットさんはニヤリと笑った。
「るああ。違うな。アタシら異世界監視人は、人間が自分達で対処すべきことには手を出さねえ。アタシの仕事は、この世界の運行に支障を来たすような、トラブルの処理をすることなのさ」
どうやら少女の口にした“クストーデ”というのは、ユマの言っていた“監視人”を意味する言葉らしい。


 そこで遼太郎が、疑問を挟む。

「その言い方だと、君は“人間”ではない……?」

 コトレットさんは少し表情を和らげ、
「うーぷす。あいつの兄貴にしては、お前はちゃんとした奴だな」
「えー! ルシウちゃん、それじゃあたしがちゃんとしてないみたいじゃん」
「してねーだろ。まあ、それで、そうだな。お前らの考える“人間の概念”で言えば、アタシは、そうじゃないということになるだろーな」

「そして、そーゆーアタシがここに現れたってことは、何か“世界の運行に支障を来たす”ような問題がある、ってところまで察してくれると、ありがてーな」

 コトレットさんの言葉に、遼太郎は深刻な顔でうなだれた。
「まさか……ウチの妹の“アレさ”が世界の運行に支障を来たすレベルとは、存じ上げず……」
「ちょっ……?!」
「るああ。まあ、少なくともアタシの仕事に支障を来たすレベルだが、とりあえずはソコじゃねえ」
「うあ?!」
何か、兄と世界の管理人さんの間で、桜子への一定の認識が共有されたらしく、当の本人は納得がいかない。


 コトレットさんはふうと息を吐くと、真っ赤な瞳で遼太郎を見つめた。
「るああ。いいかい、遼太郎。問題なのは桜子の性格じゃない。桜子が持っている世界観(スキル)の性質なんだよ」

 そうコトレットさんが言った時、遼太郎はぞくっと背中に戦慄が走り、ユマは無言で立ち位置を動いた。


 遼太郎は、目の前にいる異世界の年下の少女が、やはり見た目通りの存在ではないことを本能的に理解した。



 **********

 コトレットさんは、遼太郎の動揺も、ユマの警戒も、ぽけーっと何もわかっていない桜子も全て把握している。そのわかっていない少女の存在が、何よりこの世界にとって危険であることも。


 コトレットさんは、桜子にも聞かせるようにゆっくりと、遼太郎に向けて言葉を続けた。
「るああ。いいかい、遼太郎? 異世界転移者は転移に伴って、多くがスキルを身につける。まあ、たいていなら管理局(ウチ)として問題にしねえ。魔法も、レベルMAXもいい。通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃だってかまわねえ。ただ……」

「世界の(ことわり)に触れるスキル、それだけは、異世界管理局としてはちょっと看過できない“危険性”なんだよな」

 遼太郎は、コトレットさんの言うことを自分の中で咀嚼した。オタクで漫画好きである自分は、ファンタジー構文の理論を、完全にとは言わないが何となく呑み込めていると思う。
「つまり、桜子の“何でもできてしまう”ような万能ぶっ壊れスキルは、使い方によってこの世界のルールを乱してしまう、ということですか?」


 考えた末、そう問うと、コトレットさんは感心した顔で頷いた。
「うーぷす。理解が早えな。お前、やるじゃないか」
「そーだよ。桜子自慢のお兄ちゃんです」
「なーふ。カットインするなよ。まあ、いい。二人ともよく聞きな。桜子に属するスキルは、はっきり言って危険だ。実際、さっき桜子自身が“死の概念”を引っ繰り返しただろう?」

「この世界の運行上で、“生”と“死”は覆してはいけない根源のルールだ。それを覆すことができ、実際ひっくり返したスキルを、管理局は放置することはできない」


 次第に厳しさを増すコトレットさんの声音に、遼太郎は慎重に言葉を運ぶ。
「それは、桜子のスキルを封じるとかで済むことですか? それとも、そんな力を使ってしまった妹に、何らかの罰が与えられるという話をしている……?」

 話から置いてけぼりの桜子は、それでも遼太郎の語気に、お兄ちゃんが自分を守るため戦いを始めたことがわかって、ぐっと身を固くした。


 コトレットさんも、少年の意志の力が激しく動き出すのを見て、羨望と寂しさの綯い交ぜになったような気持ちがする。
(るああ……アタシはいつだって、何でこんな役回りばっかしなくちゃならねーんだ。嫌われて、憎まれて……)

(それでもアタシは、この“世界”のために……)


 コトレットさんは一瞬の感情を押し殺し、抑揚なく言った。
「なーふ。はっきり言うと、もうそれだけじゃ済まねーんだ」
ぎょっとした遼太郎の目も、刺さるようなユマの目も、両方痛え。
「桜子のスキルは、桜子の存在に紐づいたもんだ。切り離したり、止めたりできるモンじゃねえ」
コトレットさんの声は、固く、冷たく、どこか悲しそうに聞こえた。


監視人(アタシ)がすべきことは、可哀そうだが、“此花桜子という存在”をカルーシアから隔離(・・)することなんだ」



 **********

「ルシウ……!」

 ユマが鋭く叫び、コトレットさんに向かって足を踏み出そうとした。しかしコトレットさんは真紅の視線を走らせ、
理解(わか)っているはずだぞ、アタシの仕事(・・・・・・)のことは! “ユマ・ビッグスロープ”! “黙って引っ込んでいろ”!」

 そう言うと、ユマの足がビタリと止まった。コトレットさんの言葉には、ある種の呪縛の力があるらしかった。


 コトレットさんはユマを見て、ほんの一瞬表情を歪めたが、すぐ真顔に戻って遼太郎と桜子に向き直った。
「るああ。お前達二人には、三つの選択肢がある」

「ひとつは、桜子、お前がこの世界から隔離され、この世界の在り様を乱さないように、独り、“封鎖”された世界に立ち去ること」

「二つ目は遼太郎、お前も桜子に“ついていく”ことだ。管理局としては桜子さえ隔離すればそれでいいんだが、もし望むなら、アタシの権限で“封鎖”された世界で二人でいられるよう取り計らってやる」

「そして、最後のひとつは……」


 コトレットさんは、遼太郎に厳しい視線を送った。
「るああ。遼太郎……お前だけが、“封鎖”された世界に行くことだ」
ギクリとした遼太郎に、コトレットさんは感情を込めない声で言う。
「簡単な理屈だ。桜子のスキルの発動条件を考えてみろ」

「【すきなひとのためなら】……ああ……」

 大きく目を見開いた遼太郎に、コトレットさんは頷いた。
「なーふ。そうだよ、お前さえいなければ、桜子のスキルは発動しない」
コトレットさんはそう言うと、冷たい笑みを浮かべて、銅の色をした細い指を遼太郎の頬に這わせた。
「どうする、遼太郎……? お前が望めば、桜子は助けられるぞ……?」
良太郎は激しく動揺したが、すぐに感情を押し殺した。
「俺は……わかった。そうしてく――……」


「お兄ちゃんに、触らないでっ!」


 ぱっと振り返ったコトレットさんの、緋色の瞳に、拳を振り翳して迫る桜子の姿が映った。



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