Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】

6.勇者桜子の冒険(ドキドキ編)


【はじめまして、お兄ちゃん!(6/6)】

 ********************

「お、邪魔しま……すぅ……」

 家には誰もいないとはわかっていつつ、桜子は音を立てないよう慎重にノブを回し、兄・遼太郎の部屋に侵入した。抜き足、差し足で部屋の中に入り、ほえーっとした顔で辺り見回す。
(うわー……お兄ちゃんの部屋だあ……)
自分から忍び込んだのだから当然である。

 何だか物凄くイケナイことをしているような、フワフワした気持ちだ。もし誰かに見られたら、本当に物理的に心臓が止まって、たぶん死ぬ。


 自然と息が荒くなって、すると部屋の匂いが強く意識させられた。
(はううううううううう……ん///)
男子特有の、ちょっと汗っぽいような、けれどもイヤじゃない匂い。
(この匂い、お部屋の芳香剤にしたい/// アマゾンで売ってないかな?)
Amazonではお取り扱いしていません。
(そうだ、壁に穴を開ければ……)
ビフォーアフターが劇的に過ぎる。


 桜子は気を取り直し、物には絶対手を触れないようにしながら、遼太郎の部屋を物色して回った。もし何か動かして、潜入がお兄ちゃんにバレたら、桜子は死ぬ。
(はっ……もしかして、部屋の入口に入ったらわかるような仕掛けがしてあったらどうしよう?)
机にデスノートでも隠してない限り、それはないから安心していい。


 自分でオタクっぽいと言っていた兄だったが、本棚や机に置いてあるのはガンプラとか、スパイダーマンやバットマンのフィギュアばかりで、
(あ、ジョーカーがいる)
アイドルグッズや半裸の美少女フィギュアなど、色気のあるモノは一切ない。少なくとも見えるところにはない。オタクと言っても、遼太郎は硬派(?)なタイプのオタクであるらしかった。

 まあ、パソコンの中身はヒミツの箱かもしれないけれど。


 もちろん、たとえ兄の本棚に初音ミクがいようが、AKBの同じCDが何枚もあろうが、桜子的には幻滅するなんてことはありえない。遼太郎がどんな特殊な性癖を持っていたとしても、受け入れる覚悟は既にできている。
(むしろ、バッチコーイよ)

 それに、兄がいかに特殊性癖の持ち主であろうとも、“自分ほどではない”だろうということも、悲しいかな、自覚している。


 くるーっと巡らせた桜子の視線が、タンスに留まった。これも色はブラックな、まさしくブラックボックスである。
(み……見たい……っ!)
思わず伸びた右手を、左手ががしっと止めた。
(ダメよ、桜子……禁断の扉を開いて、ぱんつがあったら最後、あなたは間違いなくそれを持ち去ってしまうわ……!)
右手と左手が、凄まじい力でせめぎ合っている。
(お兄ちゃん、トランクス派かな? それともブリーフ派……?)
ドラゴンボールの話ではありません。

 その時、桜子はハッとして両手を宙に浮かせた。
(さっきのスク水、サプライズでタンスの中に仕掛けておいたら……!)
サプライズにもほどがある。
(お兄ちゃん、どんな顔するかな……?)
そういう時、どんな顔をすればいいのかわからないと思うよ。

 たぶん、笑えない。


 桜子はぶんぶんと頭を振って、あらぬ思いを打ち消すと、その視線が次のターゲットに吸い寄せられた。ベッドである。
(お兄ちゃんが……毎日寝ているベッド///)
思わず飛び込むのを抑えるには、理性を総動員する必要があった。

 ふらふらと兄のベッドに近寄り、へたんとお尻と床に落とす。例の匂いは、当然布団から強く漂ってくる。桜子は手を伸ばしたり、引っ込めたりした挙句――……

「……ひぃぃぃぃぃん……」

 泣き出した。


 両手で顔を押さえて、兄の部屋で、桜子は子どものように泣きじゃくった。
「お兄ちゃあん……お兄ちゃああん……」
触れたいのに、触れてはいけない。本人はおろか、そのベッドにさえも。好きなのに、言っちゃいけない。絶対に言えない。

 だって、あたし達は兄妹なんだから――……


 ひとしきり泣いて、シャックリまで起こして、つばを飲み込んで、
「はああー……」
桜子は大きく息を吐き出した。泣いたことで、昂った感情が少し、落ち着いたようだった。
(はああ……エシディシかよ、あたしは……)
あんまりだあ、なのは確かですが。

(焦ってもしょうがないことは、わかっているんだよねー……)


 あたしは“妹”、あの人は“兄”。それはどうしたって、変えられない事実。問題はあたしが、“仲のいい兄妹”って幸せで満足していられるか、その先を求めることで全てを壊してしまう覚悟があるのかってことなんだ。

(あたしが、異性として“お兄ちゃん”を好きなんだと知ったら、それこそお兄ちゃんは“どんな顔”するんだろう……?)

 受け入れてくれる? 現実はラノベやエロ漫画みたいに甘くはないだろう。拒絶される? 気持ち悪いって思われる? 仲のいい兄妹でさえいられなくなる……?

「……お兄ぢゃあああん、イヤだあああ……」

 ぶり返した。


「はあ……はあ……」

 数分後、桜子はいい加減呼吸器と腹筋にきていた。ヤメよう、とりあえず悲しいことを考えるのは、今は。ていうか、そろそろお兄ちゃんが、部活とかやってなかったら帰ってくるかもしれない。

 帰宅して、妹が自分の部屋でうずくまって号泣していたら、お兄ちゃんに意味不明な人生の重荷をひとつ背負わせてしまいかねない。


 桜子は大きな深呼吸をひとつした。何か、全身運動をしたような疲労感がある。名残惜しくお兄ちゃんのベッドを見た桜子は、その枕に目を留めた。

(お兄ちゃんが、使ってる枕……)

 毎晩毎晩、お兄ちゃんが頭を乗せている枕。もし、お兄ちゃんが横向きに寝る人だったら、頬を乗せて寝ていることになる。
「……ごくっ」
桜子は、中腰になって、枕に顔を近づけた。

 お兄ちゃんには、触れてはいけない。好きだと言ってもいけない。けど、この枕にキスしたら……あたしがキスしたところに、お兄ちゃんの頬が触れたら……


 それくらいだったら、いいよね? お兄ちゃん――……


 かちゃっ。玄関で鍵の回る音がした。


 弾かれたように直立し、二歩で遼太郎の部屋を出ると音もなくドアを閉め、階段を三段飛ばしで駆け下りて、
「お兄様、お帰りなさいいいいいいいいいっ!」
「おうっ?! た、ただいま……?」
玄関を開けた遼太郎は、そこに平伏している桜子に心底肝を潰した。



 **********

 遼太郎は靴を脱ぎながら、面も上げない妹の出迎えに当惑しきりだ。
「どういうことだよ、お前。武士の妻でもそこまでしねーぞ……?」
「妻っ?!」
どうでもいい単語に過剰反応して顔を上げた桜子に、遼太郎は首を傾げた。
「ん? 出掛けるとこだったのか?」
「えっ、別に……何で?」
「いや、外に出る服だろ、それ」
遼太郎が桜子の上から下まで見回して、そう言った。

 桜子がパジャマから着替えたのは、さっき手に取った花柄ブラウスに、淡いブラウンのプリーツスカート。靴下も色を合わせて、髪もしっかり梳かして、見つけた可愛いヘアアクセで留めている。


 確かに、よそいきの格好だ。もちろん桜子は、ただ遼太郎に見せる、それだけのためにコーディネートしたわけだが。
「ううん、そうじゃなくって……自分の服ですけど、何着てたのかよくわからなくて、あるのにテキトーに着替えてみたんですけど……」
桜子はあわあわと言いわけして、そっと遼太郎の反応を窺った。
「あの……変ですか……?」

 玄関を上がって、重そうな学校鞄を肩に掛け直し、遼太郎は妹に言った。
「いや、可愛いと思うよ」
「かわっ……?!」
桜子が瞬時に顔を沸騰させたが、兄の方は妹のそんな様子には気づかないし、そもそも妹がどんな格好をしていても、それほど関心のある兄はいない。


 だが、“兄の関心”に関心のある妹は、ここにいる。
「あのっ、遼太郎さんはこういう恰好が好きですかっ?」
「え、別に好きとか……あれ、また“さん”付け?」
「じゃあ、明日からずっとこういう服を着ます!」
「お兄ちゃんのために?」

 遼太郎は更なる困惑に襲われた。そう言えば昨日から、桜子はどこか変だ。
(うーん……俺のことも覚えてないから、見知らぬ同年代の男子の目が気になるって、そーいうことになるのかあ……?)
まあ、生意気だった妹が、ちょっと他人行儀だけど素直な感じだから、悪くないっちゃあ、悪くないけどなあ。


 そう思っていた遼太郎は、不意に桜子に顔を近づけた。
「ひあ?!」
「桜子、お前、ちょっと目が赤くないか?」
遼太郎はそう言いながら、ごく自然に桜子に頬に手を触れた。
「どうした? 泣いてたんじゃないか?」
(ひゃああああああああああああっ?!)
遼太郎は兄として当然の気遣いをした。妹は、それどころじゃなかった。

(触れるのかよっ? めっちゃ自然に、普通にあたしの頬っぺたに触れるのかようっ? あたしの葛藤はー? 間接キスで死にかけたあたしの尊厳はー?)

(でも、そうだ。お兄ちゃんって、昨日もそうだったけど、家族のことすごく見てて、何気にすっごく優しい人だった……ていうか……)

(お兄ちゃんの手、温かいなりぃ……///)

(お兄ちゃんの手で妊娠しちゃうぅ……赤ちゃん出来ちゃうぅ……///)


「おい、本当に大丈夫か、桜子?」

 触ってみた頬が思いのほか熱く、遼太郎はぐっと顔を覗き込んだ。頭を打った事故の直後だ、兄は妹を本気で心配する。


 それがわかって、桜子もお兄ちゃんに申しわけない気持ちでいっぱいになる。
「違うんです! その……あのう、恥ずかしいんですけど、やっぱりこの家のこと何も覚えていなくって、“おかーさん”が出掛けちゃうと、知らない家に独りぼっちになっちゃて、だんだん寂しくなってきちゃって……」

 嘘やあ、お兄ちゃん。ホンマは嬉々として家ん中探検しててん。お兄ちゃんの部屋に忍び込んで、匂い嗅いで(クンカクンカして)、ベッドの横で号泣しててん。
「それで、ちょっと泣いちゃって、玄関でお兄ちゃん待ってました……」


 もう自分でもドン引きするような話(しかも嘘)だが、お兄ちゃんは優しくふっと笑って、
「そうだったのか。まあ、今の桜子が不安なのは当然だし、泣いたって何も恥ずかしくないと俺は思うぞ」
桜子の髪を、くしゃくしゃと撫でてくれた。
(きゃあああああああああっ///)

「俺は別に部活とかしてないし、いつもこれくらいの時間に帰るから、明日からもなるべく早く帰ってくるようにする」
(きゃあああああああああっ///)
「寂しかったら、傍にいるよ。まあ、兄貴にそんなこと言われても、キモイかもしれないけどな」
(きゃあああああああああっ///)

 子宮にくるボディーブローを何発もくれた挙句、お兄ちゃんは桜子の頭をぽんぽんと叩き、
(頭ぽんぽんキターーー!)
端正な御尊顔に爽やかな笑顔を浮かべ、階段を上がっていった。


 桜子は玄関に正座したまま、遼太郎の背中を目で追うこともできない。

(た、立てねえ……腰抜けた……)

(てか、“寂しかったら、傍にいてやる”とか、プロポーズじゃん……)

(その上、ナデナデ→ポンポンとか、即死コンボじゃん……)

(ゴメン、お兄ちゃん……)

(あなたの妹はあなたの手で、元気な第二子を授かりました――……)


 その日、桜子は思い出した。お兄ちゃんに支配される喜びを、鳥籠の中に囚われる幸せを……桜子はばっと身を起こし、握り拳を胸に当てて心の中で叫んだ。
(今回の調査で……あたしは……今回……)

(めっちゃ成果が!! 得られました!!)


 あなたは食(Seid ihr)べ物なの?(das Essen?) いいえ、(Nein,wir)あなたは( sind der)狩人ですっ( jäger!)――……


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