百鬼夜行
 やっと収まっても、暫くの間はその体勢から動けなかった。

「…っ……。あ、やっと、」

 そう独り言――誰もいないので元からそうなのだが――を囁き声で零すと、周りを見渡す。霧はあの間に晴れたようで、凜の瞳にいつも通り、見慣れた景色が映った。

(とりあえず…家の方に、一回帰ってみよう。開いてないと思うけど、物は試しに……)

 そう決めれば行動は早い。陸上部というバリバリの運動部に所属しているせいで、体力はバカのようにある。体感時間で三十分ほど歩いたはずだが、別に疲れも何も感じていなかった。
 路地から抜け、歩き出す。比較的家に近い場所だったので、少し歩けばつけるだろう。
 そう思っていたのだ。そのときまでは。

「こ…こ……」
(ここどこ――?!)

 歩き出してから、大体一時間が経過した頃。
 凜は、知り尽くしているはずの街の中で――迷っていた。脳内で悲鳴をあげるほどに。思いっきり叫べば近所迷惑になるので、さすがに何とかそれだけに留めたが。
 おかしいと思い始めたのは、三十分歩いても家につかなかったときだ。凜の予想では、十五分もあれば家につけるはずで、ちゃんと正しい道を通っていたはず、だったのだ。
 けれど、よくよく見てみれば、見たことのあるような景色が広がっている。というか、同じ場所をループしていた。何度角を曲がっても、同じ道に戻ってきてしまう。
 どうしようもできなくてそれをずっと繰り返していたのだが、何回目かのときに横にある細く薄暗い路地に気付いた。もしかしたら、という一縷の望みを抱いて、その路地に入った。入って、しまった。

(今思えば、あそこが何かの境界線だったんだろうな…)

 もう凜は、この場所があの街ではなく、知らない“どこか”だということがわかっていた。ただ、それがわかっても抜け出せはしない。路地を抜けても、凜はまだ迷い続けていた。
 視界の端に映る電灯や道、家は全てあの街と同じなのに、ナニカが違う。その違和感に、胸の奥が無性にもやもやした。

 がたん、とどこかで音が鳴る。今では、それすらも恐ろしい。
 今まではまだ暢気に歩いている余裕があったけれど、恐怖がじわじわと凜を追い詰めてくる。堪え切れなくなって、どこに行くとも決めずに、決められずに駆けだした。
 怖い、怖い。どこからか視線を感じる。見られている、監視されている、というのを意識してしまえば、走る速さが嫌でも早まった。そして、恐怖のせいか永遠にも思える時間走り続け――凜は、そこに辿り着いた。
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