百鬼夜行
――荘厳、そうとしか言い表せない景観の屋敷だった。
それは高慢に人を見下ろすかのように堂々とそこに鎮座し、大きな門を開けて人をおびき寄せる。凜も、光に引き寄せられる虫のようにそこに入ろうとした。途中で我に返り、はっと足を止める。
(いやいや、勝手に入っちゃダメでしょ…! ……でも、なんだろう。何でかはわからないけど、ここが『安全』だっていうのがわかる)
「入って、みようかな」
引き返す勇気もないし、どうせ人がいそうなのもここだけなのだ。都合のいいことに、門は大きく開いてどうぞ入ってくださいと言わんばかりに構えている。泥棒とか入らないのかな、という何とも場違いなことを考えながら、凜はそっと敷地に足を踏み入れた。
「おじゃましまーす……」
一応、そう声はかける。何とも反応は返ってこなくて、わかっていたはずなのに無視されたようで少し寂しくなった。まあいいか、と思い直して、綺麗に整えられた庭を進む。
庭にはしっかりと整えられた盆栽などが並んでいた。他に枝垂桜などの花々も美しく咲き誇っていて、凜の目を楽しませる。
…だが、長い。遠くに見える玄関までの道のりが、ひたすらに長い。どれほどここを進めばいいのだろうとうんざりするが、行くしかないのだ。ふわりと香る花の匂いは優しくて癒されるけれど、ずっと同じなのでやがて飽きていく。
と、急に、その花の匂いに別のものが混ざった。爽やかで、どこか夏を思わせる清涼な香り。どこからだろうときょろきょろしていると、「こちらですよ」という涼やかな声が背後から小さく届いた。素早く振り返り、声の主の姿を捜す。
見つけたその人は、美しかった。周りの花々に負けないほど。
色素の薄い長い髪は、後ろで一つに束ねられて風に揺れている。蜂蜜を溶かしたような甘い色の切れ長の瞳が、すっと細められて愉しげに凜の方を見ていた。
身長は凜よりも十センチ以上は高いだろう。クリーム色のシンプルなデザインの着物を纏う体は全体的に線が細めだが、がっしりとした肩幅は男性のものだ。あまりの美しさに、声も出さずに静かに見惚れる。くくっという笑い声で、やっと羞恥心が追い付いてきて顔が熱くなる。
「あ、貴方は、誰ですか…?」
「誰…か。それは、名前を知りたいのですか? それとも、私のここでの地位?」
「両方、です」
「ああ、なるほど。わかりました。――私の名前は九野龍。ここの家主です。…ところで、貴女の名前は?」
九野龍、と名乗った男性は、にこりと微笑んで質問に答えてくれる。勝手に入ってきたことを叱ることもなく、凜は少し拍子抜けして呆けてしまう。
それは高慢に人を見下ろすかのように堂々とそこに鎮座し、大きな門を開けて人をおびき寄せる。凜も、光に引き寄せられる虫のようにそこに入ろうとした。途中で我に返り、はっと足を止める。
(いやいや、勝手に入っちゃダメでしょ…! ……でも、なんだろう。何でかはわからないけど、ここが『安全』だっていうのがわかる)
「入って、みようかな」
引き返す勇気もないし、どうせ人がいそうなのもここだけなのだ。都合のいいことに、門は大きく開いてどうぞ入ってくださいと言わんばかりに構えている。泥棒とか入らないのかな、という何とも場違いなことを考えながら、凜はそっと敷地に足を踏み入れた。
「おじゃましまーす……」
一応、そう声はかける。何とも反応は返ってこなくて、わかっていたはずなのに無視されたようで少し寂しくなった。まあいいか、と思い直して、綺麗に整えられた庭を進む。
庭にはしっかりと整えられた盆栽などが並んでいた。他に枝垂桜などの花々も美しく咲き誇っていて、凜の目を楽しませる。
…だが、長い。遠くに見える玄関までの道のりが、ひたすらに長い。どれほどここを進めばいいのだろうとうんざりするが、行くしかないのだ。ふわりと香る花の匂いは優しくて癒されるけれど、ずっと同じなのでやがて飽きていく。
と、急に、その花の匂いに別のものが混ざった。爽やかで、どこか夏を思わせる清涼な香り。どこからだろうときょろきょろしていると、「こちらですよ」という涼やかな声が背後から小さく届いた。素早く振り返り、声の主の姿を捜す。
見つけたその人は、美しかった。周りの花々に負けないほど。
色素の薄い長い髪は、後ろで一つに束ねられて風に揺れている。蜂蜜を溶かしたような甘い色の切れ長の瞳が、すっと細められて愉しげに凜の方を見ていた。
身長は凜よりも十センチ以上は高いだろう。クリーム色のシンプルなデザインの着物を纏う体は全体的に線が細めだが、がっしりとした肩幅は男性のものだ。あまりの美しさに、声も出さずに静かに見惚れる。くくっという笑い声で、やっと羞恥心が追い付いてきて顔が熱くなる。
「あ、貴方は、誰ですか…?」
「誰…か。それは、名前を知りたいのですか? それとも、私のここでの地位?」
「両方、です」
「ああ、なるほど。わかりました。――私の名前は九野龍。ここの家主です。…ところで、貴女の名前は?」
九野龍、と名乗った男性は、にこりと微笑んで質問に答えてくれる。勝手に入ってきたことを叱ることもなく、凜は少し拍子抜けして呆けてしまう。