悪役令嬢は子ども食堂を始めた模様です!【WEB版】

 それからヘレスはわたしの手伝いをよくしてくれるようになった。
 主に家の中の掃除や衣類のお洗濯、私や母さんでは届かない天井や窓の掃除。
 完治したあとも「行く当てがない」と家族に相談すると、町の人たちと関わらないのを条件に家の家事を手伝う『使用人』として衣食住を面倒見る事を許してくれた。
 ……悲しいけれど、町の人たちも魔族へ恐怖心を抱いている。
 特にこの辺りは『魔族国』と隣接していて、いつ魔族が襲ってくるかと日々不安が増している時期だ。
 ヘレスを紹介しても、拒まれてしまう可能性の方が高い。
 けど、ヘレスはとても働き者だった。
 特に助かったのは屋敷の食堂の大きな窓ガラス。
 仕事で出かけている兄さんや少しお太めの父さんには頼みづらい。
 それでもヘレスのような小さな子に頼める場所ではないと、申し出を何度か断ったのよね。
 しかしヘレスは引き下がらなかった。
 自分は魔族だから、身体能力が高いので平気だから、と、それはもう熱弁されて……任せてみたら本当にすごかったのよね。
 外から屋根へひとっ飛び。
 それからすごいバランス感覚で屋根も窓ガラスも綺麗に磨き上げた。
 あれからまた更に、二階の屋根や発見された屋根裏部屋も掃除が完了!
 ヘレスはその屋根裏部屋を自室にしたいと言い出した。
 男の子なので高い場所、狭いところ、秘密基地みたいでワクワクするんですって。
 うーん、男の子、よく分からない。

 ──そんな平和な生活が一ヶ月続いた頃、屋敷の隣の空き地に建物が出来ました!

「わあ! 広い!」
「うんうん、販売店舗側もいい感じだな」

 兄さんが石鹸や、他の商品を販売する店舗。
 カウンターと商品棚、そしてテイクアウト、というのが出来るように外と隣接するカウンターのような小窓が設置されている。
 壁と扉を挟み大きなカウンターを隔てた隣室は、わたしの店舗。
 町の子どもに食事を振る舞う、小さな食堂である。

「すごいですね、ここはなにをする施設なんですか?」
「こっちは俺の開発した商品を売る場所。と言っても俺は基本貴族相手に商売してるから、ここはほとんど物置だろうな〜。メインはユニーの食堂として使う予定だよ」
「食堂?」
「ご飯を食べる場所よ。わたしはパンを焼いたり切った野菜を煮込むくらいしか出来ないから、大したものは作れないんだけど……親が忙しくてご飯を食べられない子どもたちへ、朝ご飯と夕ご飯を作って食べさせてあげるくらいは出来ると思って……」

 うちの畑はシャールとローズさんのおかげで、特定の野菜と小麦粉は無料でいくらでも採れる。
 森に行けばベリーも採れるし、メニューにレパートリーはないものの、材料費がかからないから貧しい子どもたちに無料で食事を振る舞う事が出来るのだ。
 まだ町には相談中。
 兄さんが言うには、無料提供というのは色々問題が起こるかもしれないんだそうだ。
 それに、ヘレスの事もあるしね。
 ヘレスは悪い子じゃない。
 一ヶ月間一緒にいるけど、それは確信を持って言える。
 働き者だし気が利くし、なによりとても優しい子だ。
 でも見た目が完全に魔族なので、町の人には怖がられてしまうだろう。
 なんとかヘレスの事も町の人たちに受け入れてもらいたい。
 難しい、かなぁ?

「……けど、兄さん……この町は大丈夫なのかしら……。相変わらず貴族も魔族も現れないけど……」
「うーん……まあ、上は上で色々あるんだろう。お前が心配するような事はないよ」
「う、うん……」

 兄さんがそう言うのなら、そう、だよね?
 確かにわたしの心配する事でもない。
 と言うより、わたしが心配したところで出来る事はないのだ。

「じゃあ、俺は父さんと隣の町に行ってくる。母さんは石鹸作りを頼んでるから、家の事は頼むな?」
「はい」
「多分いつもパン屋の売れ残りをもらってた子たちはここに今日から来ると思う。来たいって言ってたし、親からも『出来る事なら』って頼まれたし。ヘレス、町の子どもたちがご飯を食べに来るんだが……その、お前はどうしたい?」

 兄さんがヘレスの前にしゃがんで肩に手を置く。
 そうして真摯な瞳で問う。
 ヘレスは、どうしたい。
 ……ヘレスの意思。
 わたし、ヘレスがどうしたいのか聞いてない。
 考えてなかった。
 子どもたちが来るという事は、ヘレスは……。

「ご迷惑になると思うので、屋敷で待っています」
「ヘレス……!」

 自分が魔族だからと、気を遣って……!
 い、いい子すぎる!

「そうだな。お前には悪いと思うがそれが一番いいだろう。人間は魔族に強い偏見を持ってるから……」
「……いえ、実際僕がやはり特殊だと思います。僕は親に『優しすぎて魔族の中で生きていく事は不可能だろう』という理由で、捨てられました。父は高位の魔族だったそうで、従属の魔族夫婦に僕を預けて遠ざけたと聞きました」
「!」
「……そう、だったのか……」
「親代わりになってくれた、その魔族も……聖女と王子が連れてきた兵士に……斬られてしまいましたけど……」

 そうだったの……。
 初めて、ヘレスはわたしたちに自分の生い立ちの一遍を語ってくれた。
 それは信頼されたという事なのか、必要だと思ったからなのか。
 ただ、ヘレスの表情は暗い。
 とても、悲しそう。

「じゃあ魔族って本当に人を襲うのか?」
「……多分、襲ったりはしないと思います。魔族は自分と同等か、自分より強い相手に挑み、戦う事は好むんですが……実力が離れすぎている相手には従属を誓い、従うんです。自分よりも遥かに弱い相手を蹂躙する事は『弱者しか相手に出来ない、軟弱者』と呼ばれて後ろ指を刺されるんです」
「お、おお……」
「強い相手を従属させる事は、それだけ自分の力の誇示になります。人間は魔族よりも、体も力も弱い。それをいくら従属させても力の誇示にならないでしょう。もし魔族が自分の力を誇示したいのなら、魔王を倒した聖女と王子を狙うはず。……人の町には、こないと思いますよ」
「! そうなの!」
「はい」

 兄さんと顔を見合わせる。
 じゃあ、それってつまり……この町が魔族に襲われる心配はないって事!?
 それで王家はこの町になにも手を加えていないの?
 ……いや、でもやっぱり魔物は出るんだしなにかしらは必要では?
 そりゃ魔物は森に出るらしいし、森にも滅多に出ないらしいけど。
 実際わたしたちが越してきて、森に果実なんかを採りに行っても遭遇した事がない。
 魔物、本当にいるの?

「でも、それじゃあ聖女や……シーナ殿下は狙われるって事じゃ……」
「そうだな。けど、町に影響がなさそうなら良かったよ」
「…………」

 兄さんはさらりとそう括る。
 町に影響はない。
 イリーナの事はともかく、シーナ殿下も標的にされているかもしれないのは……ほんの少しだけ不安になった。
 シーナ殿下は聡明な方だったもの。
 わたしが毒を盛った事、本当に信じたのだろうか?
 ……いいえ、考えても仕方ない。
 もうあの方と会う事はないのだ。
 ただ、やはり初恋の人だから、どうしてもある程度の情が残っているのは仕方ない。

『最近イリーナという生徒が周りにいるが、気にする必要はない。少々特殊な事情と魔力を持っているようだが、俺の婚約者は君だ。国のためにも、それだけは忘れないでくれ』
『はい、シーナ殿下』

 思い起こされる、シーナ殿下との会話。
 学園に入学してすぐに、イリーナは殿下につきまとうようになった。
 殿下は彼女の特殊な事情や魔力の事もあり、国のために彼女の世話は必要だ、と語っていた……。
 わたしに頼むと、最初は言ってくださっていたけれど……イリーナが嫌がったのよね。
 それで仕方なく、殿下や兄さんやハルンド様が彼女を気遣うようになった。
 わたし以外の女生徒も、当然それにいい顔はしなかったけれど……わたしは殿下に頼まれていたから仕方ない。
 イリーナ自身もわたしを拒んでいたし。
 ……でもまさかここまでの事になるなんて、あの頃は考えもしなかったなぁ……。

「よし、じゃあその魔族の生態を町の人たちに広めておこう!」
「兄さん……? 魔族の生態を、広める?」
「ああ、そうしておけばヘレスが町の人たちに受け入れられやすくなるはずだ。みんな魔族がどういう生き物かよく分からないから怖いんだろう。実際俺たちもヘレスに会うまで『怖いものだと学んだから、きっと怖いんだろう』って思ってたしな」
「……そ、う、です、ね?」
「分からないなら、知っていけばいい。お互いにな」
「……! ……」

 兄さんがヘレスの頭を撫でる。
 そのとても優しい眼差しに、わたしも胸が暖かくなった。
 そうだ、その通りだ。
 わたしとヘレス。
 人間と魔族。
 お互いに知らない事の方が圧倒的に多い。
 シャールは相変わらずヘレスがいるとわたしの背中に隠れてしまうけれど、前よりはヘレスに警戒心を抱かなくなってきている。
 精霊が魔族を嫌いだから、魔族が精霊を嫌いだからと、精霊と共に生きる人間族は魔族を嫌う。
 けれどきっと、分かり合えると思うのよ。

『……まあ、そうなのだな。わがはいも、ヘレスのことは、そこまで嫌いではなくなったし……』
「! シャール!」
『毎日律儀にユニーカを助けてくれたのだ。そんなところは評価出来るのだ。町の人間も、まあ、気に入るんじゃない?』
「……シャール様……」

 ヘレスの金色の瞳が見開かれた。
 彼が毎日誠実に生きてきたから精霊も魔族を正しく評価したのだ。
 シャールのお墨付きがもらえたのだから、兄さんの言う通り町の人たちもきっとヘレスの事を知れば受け入れてくれるはず!

「よし、まずは何事もコツコツと、だ! 兄さんは出かけるから、あとは頼んだぞ」
「「はい!」」
『行ってらっしゃーい』

 さあ、そうと決まれば今夜子どもたちがご飯を食べに来れるようにパンのタネとスープの準備を始めよう!
 野菜を畑で収穫し、パン生地をこねこね。
 何人来るのか分からないけれど、お腹を空かせた子どもたちにいっぱい食べて欲しいから大人五人分くらい用意してしまった。

「タネを寝かせて……準備よし、と! さてと、じゃあ森にベリーを採りに行きましょうか」
「はい!」

 ベリーはお菓子やジャムにも使うのだけれど、兄さんが教えてくれた『酵母』作りにも使えるのだ。
 酵母はパン生地に混ぜると『発酵』してパンをとても柔らかくしてくれる。
 こんな事を知っているのだから、わたしの兄さんは本当にすごいわよね。

「今日はベリーでなにを作るんですか?」
「えーとねぇ、酵母が足りなくなってきたから酵母用と、ジャム用かしら。ジャムは砂糖も足りないのよね……そろそろ小麦粉と交換してもらいに行かなくちゃ……」
「砂糖や塩は他の料理にも使うんですよね? ……ローズ様にお願いして、増やせないんですか?」
「…………。どうなのかしら? 家に帰ったら聞いてみましょうか?」

 そうか、その手があった。
 森へバスケットを片手に、もう片手をヘレスと繋いで進んでいく。
 なるほど、調味料もローズさんにお願い出来たら、もう買わなくていいのね。
 この町は万年物資不足。
 お金も税金で取られていってしまうから、物々交換が主なのだけれどそういう調味料は他の町から買わなければならない。
 ローズさんから採れるようになれば、町の人たちへ……そうね、服と交換してもらおう!
 兄さんが小麦以外の作物も育てた方がいいと、町長さんに相談していたから……服の材料になるような作物を育てて貰えばいいんしゃないかしら?
 ……ところで服の材料ってなにかしら?
 布、なのは知ってるんだけど……布も生えてるのかしら?
 今度パン屋の女将さんに聞いてみましょう。
 兄さんやお城の人たちは「民の仕事はしっかり与えねばならない」と言っていたから、やっぱりなんでもうちの畑で作ってはいけないはず。
 それに、布は大きいものだわ。
 畑で布を作っては、スペースが足りなくなってしまうわよね?
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