王子なドクターに恋をしたら
「和泉くん待って」

ふと、相馬先生の声が聞こえた。あたしは慌てて非常階段のある陰に隠れた。
壁から少し覗くと和泉くんの姿が見えた。
「和泉くん」と相馬先生はもう一度言った。

相馬先生も和泉くんと呼んでることにあたしは胸が締め付けられる思いがした。
始めて和泉くんと呼んだ日を思い出す。



「和泉…和泉くん?」

「え~?くん?」とクスクス笑う彼は、『くん』もいいな、じゃあそう呼んでよと言った。

「もう一回言って?」

「…和泉くん」

「うん、いいね」

嬉しそうに笑う和泉くん。
くんって呼ぶ人なんて子供の時以来だと言っていたのに…。



和泉くんと呼んだ時、彼は相馬先生の事を思い出していた?
もやもやと胸の痛みは黒い嫉妬で溢れだす。

「もう、話すことなんてないでしょう」

「待って!行かないで和泉くん!」

背中を向けた和泉くんに相馬先生が抱き着いた。
あたしは悲鳴を上げそうになって口を押えた。

「お願い、待って…」

震えた声を出す相馬先生は泣いてるかも知れない。
やだ、やめてよ…和泉くんに触らないで!心の声が飛び出そうとするのを必死に止めた。

ふうっとため息をついて振り向いた和泉くんの顔はここからじゃ窺い知れない。
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