あの日に置いてきた初恋の話
「ハア……っ、宇津見くん、死なないで」
乱れた髪の毛も気にしないで、彼と同じ渡り廊下に着いていた。
「萩本……さん?」
名前を呼ばれて、胸がぎゅっとした。
実は宇津見くんとまともに喋ったことがない。
一緒にいるグループが違うし、なにより話しかける前に誰かに先を越されて出遅れる。
教室の席は廊下側と窓際。
〝う〟と〝は〟で五十音順も遠いから、集会の列でも近くにはならない。
登下校だって私は正門から入って、宇津見くんは裏門から入ってくる。
だからなにをどうしたって、私は宇津見くんとは交わらない場所にいる。
でも、名前を……覚えていてくれたんだ。
「死なないよ。痛いのキライだし」
彼は乾いた笑い方をしていた。
サラサラと風で揺れている前髪の隙間から、まつ毛の長い綺麗な目が見えた。
やっぱりそれは……夏休み前とは全然違う。