あの日に置いてきた初恋の話



「なにかあったの……?」

私が聞くなんておこがましいと思いながらも、このまま宇津見くんを置いて図書室に帰るのは嫌だった。

私の質問に、彼の視線がまたグラウンドへと向く。

サッカー部員たちは次の大会を控えているのか、熱量を帯びた声がここまで届いてきていた。


「部活を……辞めたことを後悔してるの?」

「ううん。後悔してるのは別のことかな」

「別のこと……?」

「俺ね、失恋したんだ」

その言葉に、薄っぺらく張り付いていた上履きの底が浮いて、思わず後ろに倒れそうになった。


〝宇津見くんが、サッカー部のマネージャーの子とデキている〟

そんな噂を耳にするようになったのは、まだ二年生になる前の去年のことだ。

サッカー部のマネージャーはひとつ上の先輩で、学校のマドンナと言われるほど綺麗な人。

宇津見くんはとてもモテる人だから、もちろん告白も数えきれないほどされている。

けれど、彼の返事はいつも『ごめんなさい』で、陰で泣いていた子もたくさん目撃してきた。

そんな頃に流れたのが、サッカー部のマネージャーの人との噂だ。

渦中の先輩もまんざらではない様子ではっきりと否定はしてないようだし、私もずっとその噂を信じてきた。

けれど、彼が部活を辞めて、この渡り廊下で寂しげにグラウンドを見つめている先に、マネージャーの人はいない。

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