あのときのキスを
杏に向かってあげようとした腕を、お前はつかんだ。


そのままぐっとしがみついて、大きな丸い目で俺を見あげてきたんだ。


お前は嫉妬していた。


俺を行かすまいと、じっと見つめてくるその目が、たまらなく嬉しかった。


行かないで、とせがむその顔を、俺は心から可愛いと思ってしまった。


そのときのお前の目は、俺を自分だけのものにしたいという欲望が宿っていた。


お前は自分の気持ちなど意識せずにいただろう。


けど、俺はそのとき、自分の気持ちに気がついたんだ。


俺は、ほのかに愛されたかったんだと。


それも、兄と妹としてではなく、男として-。


俺たちはそのまま、腕を組んで歩いた。


俺にはもう、杏は見えなかった。


上目遣いで微笑みかけてくるほのかの、薄く染まった頬で俺の頭はいっぱいになった。


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