昨日のあなたに、伝えたくて。
「ルカ、こっちだよ!」
「待ってよ…もう疲れたよ〜」
今日は、年に1度だけ夜まで外で遊んでいい日。私達の地区の縁日の日だ。近所のおじさん達が太鼓をリズム良く叩いて、おばさん達が慣れた動きでゆっくり踊り出す。
お姉さんは「ボク達、甘いものは好き?」と私達の顔よりも大きい綿菓子を渡してくれるし、お兄さんは「こっちが空いてるぞ」なんて休める場所を作ってくれる。
私はこの日が大好きだった。
みんなが優しくなれる日だって思っていた。
「今日は花火が上がるんだって。ボク、去年は見れなかったから楽しみなんだ」
幼なじみのケイトは年相応の笑顔でニッコリと笑っている。年相応、なんて小学6年の私が使う言葉では無いのかもしれないけれど。
「そっか…去年は病院にいたもんね」
「そうそう。ボクが病室で退屈してたら、顔を真っ赤にして息切れしながらいきなりルカがドアをバンって開けてきて…クククッ」
もう!アンタが寂しいだろうと思ってお祭り会場からダッシュしてあげたんじゃない、と軽くケイトの肩をポコポコ叩いた。いててて、とか言いながら笑ってるケイトは本当に花火が楽しみで仕方が無い様子だ。
ケイトは昔から体が弱かった。原因は分からなかったのだけれど…急に高熱を出したり、咳が止まらなくなったり、時には息が出来なくなって酸欠になってしまったり。
とにかく1人でいるのは、危なかった。
このお祭りに私と2人で来れているのも、近所だから…知ってる顔が多いから、という理由らしい。本当だったら、ケイトの両親からしたら部屋で安静にしていて欲しいのかもしれない。
それでも、ケイトは私とお祭りに来ることを選んでくれた。
そんなケイトに、私は友達以上の感情を持っていることにもとっくに気づいていた。
「あ、そろそろ打ち上がるみたいだね!」
「そうだね」
「…ねぇ、ルカ」
「なに?もう上がるのに。」
「ルカは、変わらないでくれる?」
「え?」
その瞬間、視界がチカチカっとした。そして大きな太鼓の音みたいなものが聴こえたと思ったら、私の視界は真っ暗になった。
周りからは黄色い声が鳴り止まない。中には手を叩いて歓声をあげる雑音まで聞こえてくる。うるさい…うるさい…うるさい……
私達、2人だけが置いていかれた気分だった。
ピピピピッと聞きなれた音が耳に飛び込んでくる。まだハッキリ開かない目を擦りながら手探りでヤツの場所を探す。
「んー…朝か、起きないと」
ヤツをバンっと大きく叩き潰すと、ベッドから足を出して立ち上がる。今日も晴天、カーテンから差し込む光にももう見飽きてしまった。
何か夢を見ていた気がするけれど、ハッキリとは思い出せない。でも何となく、あの日の夢だったんだろうなと思ってしまう。
ケイトが倒れた、あの縁日の夜。
「もう3年だよ、ケイト…」
下から「ルカ、いつまで寝てるの?早くしなさい!」と母が大声で喚いている。あー、行かなきゃなぁと制服を着て、机の上の教科書を適当に詰め込み、バッグに手を通した。
「ルカったら、また遅刻ギリギリじゃん」
「本当に寝坊助さんだよね」
「仕方ないじゃん、眠いんだもの」
休み時間になってミカとユウナが私の周りに集まって来た。そんないつも通りの会話をしてから、昨日のドラマや好きなアイドルの新作CDの話なんかに花を咲かせる。
「もうカラオケに新曲入ってるらしいよ」
「え?本当に?行かなきゃだ!」
「ルカも来るよね?…ってそうだ、今日はあの彼氏さんのお見舞いだったっけ?」
そう言って2人はニヤァと笑う。
「…彼氏じゃないってば」
彼氏だったらどんなに嬉しかったことか。でもそんな事を話したらもっとからかわれるから、2人には話していない。ただの幼なじみだ、それだけなんだと。
「わかったってば(笑) いっておいで」
「今日は元気だといいね」
もちろん、あの日から3年間寝たきりでいることも2人には内緒にしている。変に心配かけてしまうし、なにより…やめときなって言われてしまうのが少し怖かった。
「うん、ありがとう」
ごめんね、ミカ、ユウナ。
放課後、2人に見送られながら病院へのバスに乗った。このバスから見える景色にも、バスに乗っている人達にも見慣れてきてしまったなぁなんて考えていると、隣のおばあさんが声をかけてきた。
「あなた、いつも病院で降りていくわね。誰か御家族の方でも体調が悪いのかしら?」
「いえ、友達が入院してるんです」
「あら…まだ若いのに大変なのねぇ」
いきなり声をかけてきてなんなの…と思ったけれど、おばあさんは本当に心配したような表情をしていて善意だったのだろう、とすぐにわかった。そんなに辛そうな顔をしていたのだろうか…
「元気になるといいわね」
「…はい、ありがとうございます」
私は、バスを急いで降りた。
受付けのお姉さんとも、もう顔馴染みといえる程に顔を合わせたと思う。なにも言わなくても「どうぞ」とだけ笑顔で言ってくれる。
私は軽く会釈して、階段を上っていく。
「ケイト〜、来てあげたよ」
三階の一番端の部屋。バンっと勢いよくドアを開ける。いつもそれで看護師さんに怒られるのだが、こうしないとダメなんだ…と何となく思ってしまう。
「聞いてよ、みんなして元気になるといいねって私に言ってくるの。ケイトは別に具合が悪いわけじゃないのにね」
ケイトはリズム良く呼吸をしている。少し前までは不定期で、たまにそのまま止まってしまうんじゃないか…と不安になるほど危なっかしかったのに。
「…ケイト……」
眠ったままで、何も話してくれないし目も合わせてくれないのに…目の前のケイトも私もどんどん体が成長していく。背も伸びて、髪も伸びて、顔つきも変わってくる。
その事実が辛くて仕方ないのに、誰にも言えない。誰にも相談することが出来ない…相談したところでどうにもならない。
「…せめて、あの日のまま心も体も何もかも、時間が止まっていたら…」
…少しは、寂しくなかっただろうに。
「………」
「…………」
「……………」
「……………か……」
「え…?」
目の前がボヤけた目で、音のした方に目を向ける。首を思いっきり持ち上げたせいで、少しだけ痛さを感じた。
でも、そんなことはどうでもよかった。
私の目には、少し目を開いて天井を見つめているケイトの姿が映し出されていた。
「……る、か……」
「っ…ま、まだ話さないで!看護師さん呼んでくるから、絶対動いちゃダメだからね!」
そう吐き出すように伝えると、私は急いでベッドの横に備えてあるボタンを押した。いつも目覚まし時計のボタンを叩き潰しているだけあって、ボタンを高速で叩き潰すのだけは自信があるのよ。
数秒経って医者と看護師は部屋に飛び込んできた。私は急いでケイトのお母さんに電話をかけて、起きたことを伝えた。電話越しにでも、ケイトのお母さんの動揺と喜びとが伝わってきた。
「うん…うん……容態もいいね、少し安静にしていればきっと大丈夫だろうが…」
少し考え込んでいるお医者さんを横目に、看護師さんは私に微笑みかけると「色々話しかけてみるといいかもね、よかったね…」と涙ぐみながら言い残し、お医者さんを連れて出て行った。
「…ケイト?」
「ん……」
「ずっと、待ってたんだからね」
「そっか………」
ケイトは少し寂しそうな顔をして、私をチラッと見た。ずっと合わなかった視線、交わせなかった言葉…それだけで心がどんどん満たされていく感覚がした。
でも、その温かな心も次の瞬間に砕け散った。
「楽しみにしてた、お祭り、
2人で一緒に行けなくてごめんね」
「待ってよ…もう疲れたよ〜」
今日は、年に1度だけ夜まで外で遊んでいい日。私達の地区の縁日の日だ。近所のおじさん達が太鼓をリズム良く叩いて、おばさん達が慣れた動きでゆっくり踊り出す。
お姉さんは「ボク達、甘いものは好き?」と私達の顔よりも大きい綿菓子を渡してくれるし、お兄さんは「こっちが空いてるぞ」なんて休める場所を作ってくれる。
私はこの日が大好きだった。
みんなが優しくなれる日だって思っていた。
「今日は花火が上がるんだって。ボク、去年は見れなかったから楽しみなんだ」
幼なじみのケイトは年相応の笑顔でニッコリと笑っている。年相応、なんて小学6年の私が使う言葉では無いのかもしれないけれど。
「そっか…去年は病院にいたもんね」
「そうそう。ボクが病室で退屈してたら、顔を真っ赤にして息切れしながらいきなりルカがドアをバンって開けてきて…クククッ」
もう!アンタが寂しいだろうと思ってお祭り会場からダッシュしてあげたんじゃない、と軽くケイトの肩をポコポコ叩いた。いててて、とか言いながら笑ってるケイトは本当に花火が楽しみで仕方が無い様子だ。
ケイトは昔から体が弱かった。原因は分からなかったのだけれど…急に高熱を出したり、咳が止まらなくなったり、時には息が出来なくなって酸欠になってしまったり。
とにかく1人でいるのは、危なかった。
このお祭りに私と2人で来れているのも、近所だから…知ってる顔が多いから、という理由らしい。本当だったら、ケイトの両親からしたら部屋で安静にしていて欲しいのかもしれない。
それでも、ケイトは私とお祭りに来ることを選んでくれた。
そんなケイトに、私は友達以上の感情を持っていることにもとっくに気づいていた。
「あ、そろそろ打ち上がるみたいだね!」
「そうだね」
「…ねぇ、ルカ」
「なに?もう上がるのに。」
「ルカは、変わらないでくれる?」
「え?」
その瞬間、視界がチカチカっとした。そして大きな太鼓の音みたいなものが聴こえたと思ったら、私の視界は真っ暗になった。
周りからは黄色い声が鳴り止まない。中には手を叩いて歓声をあげる雑音まで聞こえてくる。うるさい…うるさい…うるさい……
私達、2人だけが置いていかれた気分だった。
ピピピピッと聞きなれた音が耳に飛び込んでくる。まだハッキリ開かない目を擦りながら手探りでヤツの場所を探す。
「んー…朝か、起きないと」
ヤツをバンっと大きく叩き潰すと、ベッドから足を出して立ち上がる。今日も晴天、カーテンから差し込む光にももう見飽きてしまった。
何か夢を見ていた気がするけれど、ハッキリとは思い出せない。でも何となく、あの日の夢だったんだろうなと思ってしまう。
ケイトが倒れた、あの縁日の夜。
「もう3年だよ、ケイト…」
下から「ルカ、いつまで寝てるの?早くしなさい!」と母が大声で喚いている。あー、行かなきゃなぁと制服を着て、机の上の教科書を適当に詰め込み、バッグに手を通した。
「ルカったら、また遅刻ギリギリじゃん」
「本当に寝坊助さんだよね」
「仕方ないじゃん、眠いんだもの」
休み時間になってミカとユウナが私の周りに集まって来た。そんないつも通りの会話をしてから、昨日のドラマや好きなアイドルの新作CDの話なんかに花を咲かせる。
「もうカラオケに新曲入ってるらしいよ」
「え?本当に?行かなきゃだ!」
「ルカも来るよね?…ってそうだ、今日はあの彼氏さんのお見舞いだったっけ?」
そう言って2人はニヤァと笑う。
「…彼氏じゃないってば」
彼氏だったらどんなに嬉しかったことか。でもそんな事を話したらもっとからかわれるから、2人には話していない。ただの幼なじみだ、それだけなんだと。
「わかったってば(笑) いっておいで」
「今日は元気だといいね」
もちろん、あの日から3年間寝たきりでいることも2人には内緒にしている。変に心配かけてしまうし、なにより…やめときなって言われてしまうのが少し怖かった。
「うん、ありがとう」
ごめんね、ミカ、ユウナ。
放課後、2人に見送られながら病院へのバスに乗った。このバスから見える景色にも、バスに乗っている人達にも見慣れてきてしまったなぁなんて考えていると、隣のおばあさんが声をかけてきた。
「あなた、いつも病院で降りていくわね。誰か御家族の方でも体調が悪いのかしら?」
「いえ、友達が入院してるんです」
「あら…まだ若いのに大変なのねぇ」
いきなり声をかけてきてなんなの…と思ったけれど、おばあさんは本当に心配したような表情をしていて善意だったのだろう、とすぐにわかった。そんなに辛そうな顔をしていたのだろうか…
「元気になるといいわね」
「…はい、ありがとうございます」
私は、バスを急いで降りた。
受付けのお姉さんとも、もう顔馴染みといえる程に顔を合わせたと思う。なにも言わなくても「どうぞ」とだけ笑顔で言ってくれる。
私は軽く会釈して、階段を上っていく。
「ケイト〜、来てあげたよ」
三階の一番端の部屋。バンっと勢いよくドアを開ける。いつもそれで看護師さんに怒られるのだが、こうしないとダメなんだ…と何となく思ってしまう。
「聞いてよ、みんなして元気になるといいねって私に言ってくるの。ケイトは別に具合が悪いわけじゃないのにね」
ケイトはリズム良く呼吸をしている。少し前までは不定期で、たまにそのまま止まってしまうんじゃないか…と不安になるほど危なっかしかったのに。
「…ケイト……」
眠ったままで、何も話してくれないし目も合わせてくれないのに…目の前のケイトも私もどんどん体が成長していく。背も伸びて、髪も伸びて、顔つきも変わってくる。
その事実が辛くて仕方ないのに、誰にも言えない。誰にも相談することが出来ない…相談したところでどうにもならない。
「…せめて、あの日のまま心も体も何もかも、時間が止まっていたら…」
…少しは、寂しくなかっただろうに。
「………」
「…………」
「……………」
「……………か……」
「え…?」
目の前がボヤけた目で、音のした方に目を向ける。首を思いっきり持ち上げたせいで、少しだけ痛さを感じた。
でも、そんなことはどうでもよかった。
私の目には、少し目を開いて天井を見つめているケイトの姿が映し出されていた。
「……る、か……」
「っ…ま、まだ話さないで!看護師さん呼んでくるから、絶対動いちゃダメだからね!」
そう吐き出すように伝えると、私は急いでベッドの横に備えてあるボタンを押した。いつも目覚まし時計のボタンを叩き潰しているだけあって、ボタンを高速で叩き潰すのだけは自信があるのよ。
数秒経って医者と看護師は部屋に飛び込んできた。私は急いでケイトのお母さんに電話をかけて、起きたことを伝えた。電話越しにでも、ケイトのお母さんの動揺と喜びとが伝わってきた。
「うん…うん……容態もいいね、少し安静にしていればきっと大丈夫だろうが…」
少し考え込んでいるお医者さんを横目に、看護師さんは私に微笑みかけると「色々話しかけてみるといいかもね、よかったね…」と涙ぐみながら言い残し、お医者さんを連れて出て行った。
「…ケイト?」
「ん……」
「ずっと、待ってたんだからね」
「そっか………」
ケイトは少し寂しそうな顔をして、私をチラッと見た。ずっと合わなかった視線、交わせなかった言葉…それだけで心がどんどん満たされていく感覚がした。
でも、その温かな心も次の瞬間に砕け散った。
「楽しみにしてた、お祭り、
2人で一緒に行けなくてごめんね」