お見合いは未経験
シャワーを浴びたあと、まだ、足ががくがくします、と言う葵を洗面所の椅子に座らせて、ドライヤーをあててやる。

そこで、昼間の話をした。
「転職、ですか?」
「転職、というか、転籍、だね。」

「んー、いいんじゃないかな…。」
口元に人差し指をあてて、少し考えて、葵はそう返してきた。

「銀行員ではなくなるよ。完全に。」
「未練、あります?」

苦笑するしかない。
どうせ、葵には分かっている。

「正直、あまりないな。支店長になりたい訳でもないし、すごくぶっちゃけたら、今の仕事のが面白いかもな。」
「私も炯さん、今の仕事のが向いてるような気がします。でも、好きなことしてください。私は好きなことしてる炯さんが、いちばん好き。」

「そっか。」
分かってるから、なのか、本音もあるんだろうが。
いい嫁選んだ気がする。

その翌日、会社に意向を伝えた。
銀行には戻らない、このまま退職させて欲しい。
ついては、手続きについて、どうしたらいいか?

で、目の前に息を切らせた人事部長がいる。
「どうしたんですか?まさか、自ら退職の手続きを……」

「バカな事を言うな!成嶋くん、何か不満があるのかな?出向については、帰ってきた時に君のキャリアになると思って取り計らったんだけどね?」

何なら、すぐ、戻るか?部長席を用意するよ、とひどく熱心に言われた。
その熱意、どこから来るのかホント不思議だ。
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