ダイヤの王様
今年の3月、悟は東京の大学へと進学した。

春まだ浅い、ひんやりとした空気に包まれる早朝に、この駅で、この場所から、私はそっと見送ったのだ。

記憶に残るのは彼の横顔。拗ねたように目を伏せ、ひとり改札を抜けていった。名前を呼び、追いかけたくて、でも動けなかった。

自信がなくて、嘘をついた。

待てないと言ってしまった私は、後悔の気持ちを抱えながら、ひっそりと見送るのがせいいっぱいだった。

幼馴染みの彼は、私より少しだけ背が高く、少しだけ成績の良い男の子。その少しの差で、距離にして300キロを隔てる街に行ってしまうと分かったのは、17の夏。

「合格すればね」

明るく笑う彼を、そばで見つめていた。まだ遠い先の話だと、私も笑っていた。

「受かるといいね」

なんて、お気楽に構えていた。

本当に行ってしまうのだと実感が湧き、別れが怖くなったのは旅立ちの前日。

もう遅すぎる、あの日だった。
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