【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
 一台のゴンドラが止まった。スタッフが甲斐甲斐しく世話してくれて動き出した。
 私達が乗り込むと、扉は閉められた。

「貸し切りにしたんだ。空中でお茶にしよう」

 見ればテーブルと椅子。ハイティーの用意がしてある。

「オプションで用意されてるんだ」

 一周で約三〇分。
 夫にあちこちの名所を教えてもらいながら、景色とお茶を堪能しつつ、はしゃいでいると。
 彼の手が首筋に触れてきた。

「今日のイヤリングに合うと思う」

 細い金のチェーンにダイヤモンドを通したものだった。

「いつのまに」

 ちゅ、という音と共に、首の真うしろに濡れた感触がした。

「綺麗だ。今日はもう言ったっけ?」
「護孝さん……」

  振り返れば、夫の唇が覆いかぶさってくるところだった。

 ……二周回って、降りたった。

「大丈夫? 疲れてないか?」

 護孝さんが訊ねてくれる。

「……平気です」

 と、いいつつも夫の色気にあてられて、腰くだけになってますが!

「寒暖差が大きいし、熱い気候はやはりこたえるな」

 フラついたら腰を支えられた。
 この熱が太陽がもたらしたものなのか、夫がもたらしたものなのかは、わからない。

「夜景を見て帰ろう。無理しなくていい」

 ◆

 ガーデンズ・バイ・ザ・ベイはマリーナベイサンズの隣にある植物園だ。
 人工のツリーがひときわ目を引く。

「SFみたい……」

 アフリカのバオバブの木のように高くそびえ、天辺で枝葉を伸ばしている。
 オブジェ全体にイルミネーションが取り付けられ、蔓のような細い造形物で連結しているものもある。

「スカイウェイになってるんだ。歩いてみる?」
「あの蔓みたいなもの?」

「高いところ、ひかるは平気?」

 夫がからかうような顔をしてきたので、私はにっこりと微笑んだ。

「じゃあ行こうか」

 チケットを購入して、エレベーターで上昇する。

 ウォーキングフロアについてみれば、ちょうど空が燃えるようなグラデーションになってきたところだった。
 闇に沈み始めた街が電飾をまたたかせる。
 
 昼と夜。
 ファンタジーと現実のはざまにいるようで不思議な気持ちになる。

 スカイウェイの高さは地上から三〜四〇mといったところか。
 滞空時間は一五分ほど。上昇専用のツリーから下降専用までの一方通行だ。

 私達は手をつないで、のんびりと渡り始めた。

「ひかるはまったく怖がらないんだね」

 護孝さんの口調が少し残念そうだ。

「庭師が高所恐怖症じゃ、仕事になりません。結構高い木にも登るんですよ?」

 ガッツポーズをしたら、あっはっはと笑われた。
 護孝さんが大声で笑うなんて思ってみなかった。

「護孝さんこそ、私が思ってたより体力あるし高いところも平気だなぁって」

「ホワイトカラーだからって甘く見るな? 働くのなんて、一に体力だろ。建設中の鉄筋だけの枠組の中に視察も行くさ」

 彼もガッツポーズしてみせた。
 エレベーターを降りて、タクシーでホテルに帰った。
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