【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
策略のお見合い
 私こと三ツ森ひかるは、造園士。といえば聞こえがいいけど、二十歳で父の造園事務所に入所して以来、五年目のぴよぴよである。

 二十五歳の今まで造園一筋です。……と、自慢したいけれど、社会人なりたてのときにつき合っていた恋人と別れて以来、彼氏なし。

 あのときの私は『人間、ここまで涙が出るんだ』と感心するくらい、朝起きては泣き夜がくると言っては泣いて、ほんとダメダメだった。

 そんな私を伯父様や父は甘やかしてくれている。今は伯父様であり多賀見製薬社長の本宅の専属庭師である。

 これってOLさんに置き換えたら、コネ入社させてもらい能力が追いつかない社長秘書をしてるようなもの。

 このままじゃいかんな、独立しないとと何度か父や伯父様に申し出たんだけれど。

『まだ早い』
『もう少し多賀見の庭で研鑽させていただけ』
 という返事ばかり。

 だって上司が伯父様にお祖母様。
 クリエイターのパトロンも多くしてらして、二人のセンスは抜群。
 おまけにお茶や日舞、歌舞伎な集まりにお供させていただけるんだもん!

 庭を手入れするには、木々の春夏秋冬だけではなく、庭を愛する方がどのようにお過ごしになるかを知るのが大事だ。

 当代一の趣味人と名高いお二人だもの。
 盗めるところは盗んでおかなくちゃ!
 私なんかは自分で流行を産み出すなんて大それたことは出来ない。
 でも、『あのときのお祖母様や伯父様はこうしてらした』と後学の人達に伝えることができたら。

 そんな訳で私は伯父様やお祖母様、伯母様のひっつき虫になっている。
 ついでに父のあともくっついて、彼の技を一つでも盗むのだ。

 おまけに庭の手入れ以外無趣味な私は休日も多賀見家(しょくば)に入り浸っている。
 しかし今日だけは予定があってウキウキと出かけたのだけど。

「本当なら、今日は一押しの庭とデートだったのに……」

 はああーっ。
 大きなため息が出た。

 急遽『本日貸し切り(ドタキャン)』とはついてない。

「庭園の神様が『浮気しちゃ駄目!』って言ってるのかしら」

 でも、より心に沁みいるような庭づくりをするには、色々な造形に触れたほうがいいはず。

「私には彼の庭を見る資格はまだないってことなのかな?」

 むーん……。

「やめよ」

 悩んでしまうと、答えが出てこない問いにはまりこみそう。なので、腰に巻いた作業ベルトから植木ばさみを取り出す。

 そのまま、どれくらい枝の手入れをしていただろうか。
 従妹の玲奈ちゃんが庭へやってきたのが見えたので、梯子の上から声をかけた。

「おかえりー」
「ひかるちゃん、ただいま! ……邪魔しちゃった?」

 見上げてくれた彼女は、肉親の欲目を引いても華やか美人さん。
 玲奈ちゃんは多賀見社長のお嬢様。ちなみに私の母は社長の妹である。

 父は代々多賀見の庭師で、言ってみれば両親は……『オフィスラブ』?

 私は枝に鋏を入れるのを止めて、梯子を降りた。
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