【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
 目指す樹の前に到着したとき、思わず目の前の光景に魅入っていた。

 周りから音がなくなり、彼女の息遣いまで聞こえそうなほどだ。

『野点』
 まるで『光』氏が造り上げた坪庭のようだった。

 巨木の前に佇む女性。
 近づいた今ならば、蝶よりも花に見える。

 白地の振袖に金色の帯。
 気高く凛として、厳然とした自然の中に現れた樹木の精のような女。
 愛おし気に樹木に触れている彼女の様子から、余計にそう見えるのだろう。

 こんな光景をいつだったか見たことがある。
 どこで……と必死に思い出そうとする。
 森と見間違う、どこまでも深い緑の苑で。
 あ。

「俺と慎吾と……、あれは森の妖精だったのか?」

 そうじゃない。
 白いワンピースを着て、真っ黒な髪を背中まで垂らしていた、幼い少女。

 彼女は階段でも上っているのかと思うほどひょいひょいと木に登り、枝を平然と歩いてみせた。
 それから、俺の腕の中に落ちてきた。

 受け止めそこねた俺は地面に倒れ、腕を骨折したのだから、少女は幻ではない。

 長いこと思い出さなかったのに、なぜ目の前の光景と重なるのだろう。

 煩い心臓の音を感じながら、ひたすらに彼女を見つめていた。

「今の俺なら。君を受け止めて……、抱きしめられる」

 無意識に踏み出した靴が砂利を踏んだ。
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