【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
「ちょうど休もうと思ってたとこ。玲奈ちゃんも一服どう?」

「いただく! ひかるちゃんの野点、久しぶり」

 少し表情が暗く陰っていた玲奈ちゃんだったが、予想通り彼女が目を輝かせた。
 ふっふっふ。
 私はニブチンだけど、本当に大事な人の感情ははずさない。
 元気がない玲奈ちゃんは美味しいお菓子で釣るにかぎる。

 しかも今日は最高のお茶請けがある。
 わざわざTOKAIヒルズまででかけたのだ。多めに買っておいてよかった。

 ナップザックの中から敷物とガスバーナー、お茶の道具を取り出す。
 アウトドア用の野点セットは玲奈ちゃんが見つけて、誕生日にプレゼントしてくれたものだ。

 仕事の合間、一服するのは最高に気持ちがいい。
 彼女はいそいそと黒文字を手にとってから、カット目を見開いた。

「これは……、もしや『まつしろ』の期間限定品ではっ?」

 うんうん。やっぱり玲奈ちゃんだ、あててきたー!
 さすがは流行について外さない、私の従姉妹ちゃん。

「御明察!」

『まつしろ』さんはなんと、創業四百五十年だかの全国展開している和菓子屋さん。

 たぶー京都や奈良だと、それくらいの歴史があるお店、ざらざらあるんだろうな。でも、東京でそれだけの歴史があると聞くとふぉーってなる。

 平成が三十一年でええと昭和が六十四年? これで大体百年で、大正が十五年で明治が四十五年だったっけ。
 うわ、余裕で江戸時代まで遡ってしまった。

 で、ヒルズオーナーから直々の出店依頼があったと聞く。
 オーナー様からですよ。それだけでもお店が世間から注視されていることがわかる。

 朝から晩まで庭に入り浸るつもりだったから、ドタキャンを知って『まつしろ』さんのオープン待ちに切り替えた私、賢い。

 というわけでレアお菓子を運良くたくさんゲット出来た。

「うんふふふ。褒めてくださっても構わなくてよ」

 肩をそびやかし、鼻を三メートルほど伸ばして自慢してみた。

「……屋上庭園には入れた?」

 玲奈ちゃんは褒めてくれるかわりに質問してきた。
 彼女は私の目当てがお菓子ではなく庭であることをよく知っている。

 私はがっくり肩を落とした。
 ああ。
 あがってた気分がぷしゅううとしぼんでいく。

「昨日確認したときは、今日は自由観覧日だったんだよ」

 うんうん、と玲奈ちゃんがうなずいてくれる。

「なのに今日行ってみたら『急遽貸切』になっちゃった」

 仕方ないよね、と玲奈ちゃんが慰めてくれる。

「要予約のTOKAIヒルズガーデンを散策して、ショッピングモールで恋人にプレゼントしてもらってホテルに泊まる。セレブに人気のデートコースだものね」

 TOKAIヒルズ。
 旧財閥の渡海グループがオーナーの複合施設だ。

 広大な敷地にはオフィスとホテルを融合させたインテリジェントル。
 病院の他に美術館や映画館、プラネタリウムが入ったショッピングセンターには庭園が付属していて、今一番の注目スポット。 

 ヨーロッパやアジアに太いパイプを持つ渡海グループがオーナーだから、テナントは一流ブランドで埋められている。

 勿論、建物の設計も有名な設計家だし、造園デザイナーもしかり。庭は特に海外から著名なガーデンプランナーを招聘した。

「ねー。明日のスポーツ紙に『俳優の○○が女優××にプロポーズ!』とかニュースになりそう」

「……かくて、ひかるちゃんの空振り記録は更新されたり、と」

 解説されてしまった。

「もー。しがない一般人の楽しみを邪魔してくれちゃって」

 一度セレブになって、庭園を貸し切ってみたい。
< 3 / 125 >

この作品をシェア

pagetop