【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
「俺からのオファー、ひかるはどう考えている?」

「そうですね……」

 正直、魅力的だった。
 叶わないかもしれないと思っていた、夢。

「私」
「うん?」

「ものごころついた頃から、父の真似ばかりしていました」

 春夏秋冬。
 朝昼晩でも、草木によっても手入れの仕方が違うことも、父についていくうち自然に学んでいた。

 私は目利きであり、技術も父の弟子達のなかでも飛び抜けていて、自分はもっと大きな仕事が出来る――と、過信していた。
 その自信は父の造園事務所に入ってからますます増大していった。

 私の一か月前に入所した元彼はなにも知らない人で、だからこそ父が付きっきりで教えていたし、私は箒とちりとりを持たされて放逐されていた。それこそ初見の、どんな庭でもだ。

 庭を回っての私の見立ては父やその庭の棟梁と同じ。場合によっては彼らより細かいほどだった。


「うん、わかった。で、元彼はどんな男だったのかな」

 ニコニコしている隠岐さんの圧がすさまじい。
 今は元彼なんかのことよりも。


「なのに父からは
『お前はまだまだ経験が足りない。修行させて頂け』と言われ、母方の実家である多賀見家の庭園専任にさせられ、不満でした」

 隠岐さんが目を見張った。

「君は多賀見の本邸、別称『宝石』を弱冠二十歳くらいから任されていたのか……」

 さすが、隠岐さん。
 あの隠された名園までもチェックされているとは情報網半端ないな。

「師匠でもある父の言葉は至言かつ命令でしたが、私は『出来上がった庭の管理だけをしていればいい』と言われたようで不満でした」

 はー、と隠岐さんがため息をつく。

「世間知らずとはいえ、三ツ森氏に不満をぶつけた? しかも『宝石』を与えられて? 若いって素晴らしいな。というか、ひかる。貴女は相当な怖いものしらずなんだな」

 はい、今では私もそう思ってます。

 あの頃の私、井戸の中のかわずで生意気で。『世界は私の言うことを聞いていればいい!』って、真剣に思っていた。
 あー、ほんと黒歴史。

『お父さんみたいに企画設計から手掛けてみたいなあ』

 自分の手によって生まれる庭を想像してはうっとりとしていた。

 多賀見家の庭を世話しながら、元彼のすすめもあり、単発で終わる一坪サイズの造園コンペにこっそり応募するようになった。
 そのうちのいくつかは賞を取り、実際に施工された。

 ……なぜか元彼の名前だったけど。

「君のデザインを男が盗んだと?」

 最低な奴だ、と憎悪ましましな隠岐さんが言う。
 ほんと、ダメダメくんでした。
 だから、元彼の話は今は重要ではないんだってば。

 クライアントの意図や周囲との景観と調和するように、散々頭をひねって造り出した庭は、どれも愛おしい。

「私にとって心血注いだ庭は我が子のようなものでした」

 時間が許す限り、私のデザインした庭ん見てまわった。だが、すぐに衝撃を受けた。
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