【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
私は護孝さんの分厚い胸の中にしまわれ、腕枕をしてもらっていた。
激情が、いったんは去った。
火照りがおさまり、汗がひいていているものの、恋人の体温が温かい。
けだるい疲れのなか、優しく髪を梳いてもらっていたり、肌に落ちてくるキスが心地よかった。
私はうとうととまどろみかける。
「ひかる、あの箱はなんだ?」
護孝さんの声に意識を引き戻された。
ボストンバッグのほかに、六〇cm四方の段ボール箱。
護孝さんは、起き上ろうとした私を優しく静止して身軽に起き上がった。
逞しい裸体を隠しもせずに段ボール箱のところに向かう。
「開けてください」
私の指示で、護孝さんがガムテープを剥がす。
彼の目が釘付けになった。
盆栽と、なぜか苗木を植えたような鉢植え。
大丈夫かな……、引かれないかな。
「これは?」
「七歳の頃、父に貰った枝を挿したんです」
ちょっと声が震える。
二十年ほどまえ、古木のオークションがあると聞いて父が出かけていった。
「既に製材業者や造成業者に売ってしまったあとで」
駐車場に粗大ごみとして、あるいは製材された樹木達が無残な姿で残置されていた。
「父は、生きている枝だけ切り取って連れて帰りました。『おまえが育ててみなさい』と言われて、私が世話してきたうちの一本なんです」
「ひかるが?」
「はい。……隠岐の杜プロジェクトのお話を頂いたときに思い出したんですけど」
「まさか」
護孝さんの興奮を隠しきれない呟きに、ほっとする。
よかった、興味を持ってくれてる。
「父と確認しました。この樹はお祖母様のお庭の一本です」
鉢に植わっている樹は欅だ。
国内に広く分布しており、高さ四〇mほどになるものもある。
木目が美しく堅いので、指物に使われてきた。樹齢一五〇〇年を超える木もあるという。
「父の見立てでは、この子は樹齢三〇〇年ほどではないかと」
「もしかして……、これを俺に?」
護孝さんの声はなぜか震えていた。
「今日、プロポーズしてくれるって言ってたから……、私からはなにがいいかなって考えたんですが、これしか思いつきませんでした。父に相談したら、『この鉢ならば隠岐家に差し上げても見苦しくはない』と言ってもらえたので」
今も左の薬指に嵌っている婚約指輪をちらりと見る。
正直、こんなに大きな石を頂くなんて、私の想定外だった。
お返しがこれでいいんだろうか。
いいや、気持ちはプライスレス。
この子なら、自信をもって護孝さんにあげられる。私の一番大事なものを護孝さんにもらってほしい。
体と一緒に、私の心そのものの、この子を。
「苗木達は、盆栽の樹から挿し芽したんです。お祖母様のお庭に植えたらどうかなって……、護孝さん?」
無言のままの恋人に気がついた。
「婚約指輪のお返しが盆栽なんて……、やっばり非常識ですよね」
呆れられたかな。
不安そうな声を出してしまったら、護孝さんはたった三歩で私の元に駆け寄り、がばりと抱きしめてくれた。
「非常識な訳ないだろっ」
思ったより感動してくれてる?
「ひかるは相変わらず自己評価が低い。素人でもわかる。この盆栽は素晴らしいよ……!」
よかった。
護孝さんはやっぱり、私が投げたものを曲解せずに受け取ってくれる人なんだ。
あらためて、素晴らしい人に愛されているという実感がこみあげてくる。
彼に出逢えて、望まれて。
幸運に感謝したくなる。
黙ってる私に勘違いしたのか。
顔をしっかり固定されて、目を合わせられた。
「本当にわかってない。愛おしい女性が、二十年にわたって手塩にかけてくれたんだぞ!」
ひかるの愛情を受け取れる男だと信頼してもらえたことが嬉しいのだと言ってもらえて、ようやく肩の力を抜くことが出来た。
「ありがとうっ、祖母の庭のDNAに出逢えるとは思わなかった……!」
思わず、ほうっと安心した息を吐き出す。
「喜んでもらえて、よかったです」
「ひかる、愛してる」
「私も」
おさまりかけた情愛の熾火がもう一度、激しくなる。
私達が性急な息遣いを交わしたり、ベッドが激しく軋むのを、盆栽は静かに見守っていた。
激情が、いったんは去った。
火照りがおさまり、汗がひいていているものの、恋人の体温が温かい。
けだるい疲れのなか、優しく髪を梳いてもらっていたり、肌に落ちてくるキスが心地よかった。
私はうとうととまどろみかける。
「ひかる、あの箱はなんだ?」
護孝さんの声に意識を引き戻された。
ボストンバッグのほかに、六〇cm四方の段ボール箱。
護孝さんは、起き上ろうとした私を優しく静止して身軽に起き上がった。
逞しい裸体を隠しもせずに段ボール箱のところに向かう。
「開けてください」
私の指示で、護孝さんがガムテープを剥がす。
彼の目が釘付けになった。
盆栽と、なぜか苗木を植えたような鉢植え。
大丈夫かな……、引かれないかな。
「これは?」
「七歳の頃、父に貰った枝を挿したんです」
ちょっと声が震える。
二十年ほどまえ、古木のオークションがあると聞いて父が出かけていった。
「既に製材業者や造成業者に売ってしまったあとで」
駐車場に粗大ごみとして、あるいは製材された樹木達が無残な姿で残置されていた。
「父は、生きている枝だけ切り取って連れて帰りました。『おまえが育ててみなさい』と言われて、私が世話してきたうちの一本なんです」
「ひかるが?」
「はい。……隠岐の杜プロジェクトのお話を頂いたときに思い出したんですけど」
「まさか」
護孝さんの興奮を隠しきれない呟きに、ほっとする。
よかった、興味を持ってくれてる。
「父と確認しました。この樹はお祖母様のお庭の一本です」
鉢に植わっている樹は欅だ。
国内に広く分布しており、高さ四〇mほどになるものもある。
木目が美しく堅いので、指物に使われてきた。樹齢一五〇〇年を超える木もあるという。
「父の見立てでは、この子は樹齢三〇〇年ほどではないかと」
「もしかして……、これを俺に?」
護孝さんの声はなぜか震えていた。
「今日、プロポーズしてくれるって言ってたから……、私からはなにがいいかなって考えたんですが、これしか思いつきませんでした。父に相談したら、『この鉢ならば隠岐家に差し上げても見苦しくはない』と言ってもらえたので」
今も左の薬指に嵌っている婚約指輪をちらりと見る。
正直、こんなに大きな石を頂くなんて、私の想定外だった。
お返しがこれでいいんだろうか。
いいや、気持ちはプライスレス。
この子なら、自信をもって護孝さんにあげられる。私の一番大事なものを護孝さんにもらってほしい。
体と一緒に、私の心そのものの、この子を。
「苗木達は、盆栽の樹から挿し芽したんです。お祖母様のお庭に植えたらどうかなって……、護孝さん?」
無言のままの恋人に気がついた。
「婚約指輪のお返しが盆栽なんて……、やっばり非常識ですよね」
呆れられたかな。
不安そうな声を出してしまったら、護孝さんはたった三歩で私の元に駆け寄り、がばりと抱きしめてくれた。
「非常識な訳ないだろっ」
思ったより感動してくれてる?
「ひかるは相変わらず自己評価が低い。素人でもわかる。この盆栽は素晴らしいよ……!」
よかった。
護孝さんはやっぱり、私が投げたものを曲解せずに受け取ってくれる人なんだ。
あらためて、素晴らしい人に愛されているという実感がこみあげてくる。
彼に出逢えて、望まれて。
幸運に感謝したくなる。
黙ってる私に勘違いしたのか。
顔をしっかり固定されて、目を合わせられた。
「本当にわかってない。愛おしい女性が、二十年にわたって手塩にかけてくれたんだぞ!」
ひかるの愛情を受け取れる男だと信頼してもらえたことが嬉しいのだと言ってもらえて、ようやく肩の力を抜くことが出来た。
「ありがとうっ、祖母の庭のDNAに出逢えるとは思わなかった……!」
思わず、ほうっと安心した息を吐き出す。
「喜んでもらえて、よかったです」
「ひかる、愛してる」
「私も」
おさまりかけた情愛の熾火がもう一度、激しくなる。
私達が性急な息遣いを交わしたり、ベッドが激しく軋むのを、盆栽は静かに見守っていた。