【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
『エスターク隠岐の杜庭園ホテルプロジェクト発足パーティ』で、私は護孝さんの婚約者として紹介されることになった。

 場所はエスタークホテルの『本店』とのみ称される旗艦ホテル。その、ダイヤモンドの間。招待客、二〇〇〇人。

「にせん……」

 くらり。

 守礼門が描かれたお札ではない、お呼ばれされた人の数である。

 もしかしたら東京駅や品川駅、新宿駅で私の目は一瞬にして、そのくらいの人数を捉えているかもしれないんだけど。

 その二千人が私(というか護孝さん)を注視してくるなんて経験、普通はしない。

 怖っ!

 いくら『お客様の注目の的は護孝さん。妻は妻でも私は刺身のツマ……』とお題目を唱えたところで、流れ弾は必至。

 私が意識を飛ばしかけているあいだに、当日の衣装について護孝さんのお母様と、多賀見の伯母様。
 そして私の母がああでもない、こうでもないと作戦会議中である。

 隠岐家の二十畳ほどの和室には振袖から帯、襦袢に小物類が所せましと広げられていて、色の洪水に溺れそうになる。

「仕事とわたくしごとの抱きあわせなんて。ごめんなさいね、ひかるさん」

 お義母様にすまなさそうに謝られてしまい、私は慌ててぶんぶんと頭を横に振った。

 いいえ、むしろ色々トッピングしてもらって私には気づかないでいてほしいっていうか!

「お振袖を誂えたいところですけれど。織や染めから決めるには時間が足りませんわね」

 多賀見の伯母様がため息をこぼせば、私の母が同意する。

「隠岐の奥様の贔屓のお店がわたくしどもと一緒だったと知って、心強いですわ。多賀見も昔からあの店にお世話になってるんですの」

 TOKAIヒルズ内のショッピングモールに出店している呉服屋さんが、偶然にも両家の贔屓にしているお店だった。

「同感ですわ」

 三人はキャッキャうふふ、女子会の様相である。

「ねえ、隠岐の奥様。ひかるちゃんのお披露目、どういたしましょうね」

 結婚前は多賀見のお祖父様の秘書を務めていらした伯母様が促した。

「婚約披露のみならず、プロジェクトの発足式ではありますし……、ひかるちゃんが護孝さんのお隣に侍るだけならば、お振袖でいいんですけれども」

 三人は一様にふうう、とため息を吐き出した。
 
「婚約式、結婚式といえば、女の見せ場ですのに! ひかるさんがプロジェクトの主要人物とはいえ……、殿方というものは野暮なこと、このうえないですわよね!」

 護孝さんのお母様。ぷう、と頬を膨らませるの、可愛い。

「官公庁や協賛会社との顔繋ぎの場でもありますし、お名刺交換もするでしょうから……、ドレスのほうがまだ活動的ですかしら」 

 伯母様の言葉を受けて、護孝さんのお母様がハイブランドのカタログをどっさり持ち出してこられた。

「ひかるさんに似合いそうなデザインを手掛けている方を何人かピックアップしてありますわ」

「奥さま、流石! お目が高いですわ!」

 きゃあと伯母様と母がハイテンションになった。

 令嬢向けのフィニッシングスクールを主催されている護孝さんのお母様が、思案顔になる。

「多賀見家は代々、芸術家のパトロンを務めていらっしゃるお家柄と伺っております。わたくしも見習って若手デザイナーを盛り立てたいところではあるのですが」

「ええ」

 母と伯母が同意する。

「今回はひかるさんのお目見えですから、老舗ブランドの力を借りたほうがよろしいでしょうね」

 婚家に華をもたせようと、予め伯母様と母とで取り決めがあったのかもしれない。
 二人は護孝さんのお母様の言葉に、うんうんと素直にうなずいた。

「そうですわね! あ。そろそろ、ウエディングドレスもオーダーしませんと」

「どこにいたしましょうか。最近、日本でも流行っている、ブライズメイドにお揃いのドレスを着てもらうのも、可愛いと思われません?」

「可愛いですわよね!」

 もう、好きにしてくれ状態である。
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