【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
 幅数メートルから数十メートルの列状に設置されるので、防火樹帯ともよばれる。

 山で発生する火事は樹木の茎、葉、花等などを伝わって山頂へと燃え広がる。
 そこで樫や椿、珊瑚樹や譲葉、銀杏などといった葉が肉厚で水分の多く燃えにくい常緑広葉樹を植林するのだ。

 イメージしやすいひかるの説明に、安堵のため息がそこここから聞こえた。

「近隣への延焼を防ぐため、スプリンクラーも稼働させています。防犯カメラの映像も含め、当プロジェクトの総合プロデューサーである隠岐 護孝氏が情報収集に努めております。詳細が判明しだい、ご報告いたします。しばし、ご歓談くださいませ」 

 ひかるが一礼すると父がすかさず、楽団に合図をし、明るめのワルツを演奏させた。 

 多賀見夫妻がホール中央に向かうにつれ、人垣が割れた。お二人が素晴らしいダンスを披露し、何組かが呼応してくれた。

 ウェイターが銀盆を捧げて人垣に酒を供給しはじめる。
 俺を拘束していた慎吾の手が緩んだが、もう飛び出そうとは思わなかった。
 
 密やかに続報がもたらされる。

 遠目にはひかるは落ち着いて見える。
 声も震えてはいない。
 しかし、この局面に一人で対峙することになった彼女を、早く抱きしめてやりたかった。

 慎吾がそっと話しかけてきた。

「禍い転じて福となす、だな」 
「ああ」

 ひかるを風にもあてぬように隠そうと思っていた。
 けれど、今回の彼女の対処はひかるを胡乱な目で見ている親族や系列会社の人間に彼女を見直させる、いい機会であったことは否めない。

「惚れ直した」 

 再会してから長くない時間であるが、ひかるを見つめてきた。

 彼女は樹木の前ではしなやかで逞しい。

 森を守るために、花を切り取り草葉を引き抜き、枝を切り落とす。場合よっては樹木をまるごと取り除くことを、悲しみながらも判断できる。

 痛みの感覚を保ちつつ、全体を俯瞰できる視線を持つひかるは、いずれ当主夫人としてもやっていけると確信している。

「隠岐の次期当主の奥方は夫がいなくても危機管理能力ばっちり、てな」

「頑張らなくていいんだが」

 本音だ。
 俺の腕の中で甘えてくれているだけでいい。
 それだけで俺は世界に立ち向かえるから。

「ひかるは、昨日より今日のほうがさらに素晴らしい」

 明日の彼女に俺は魅了され、堕ちていく。

 俺が言えば、慎吾は低い声でつぶやいた。

「……里穂だったら、俺もそんなふうに思えるかもな」

 慎吾を置き去りにした恋人。
 早く、こいつも幸せになれるといい。

 俺は慎吾と軽く拳をぶつけ合うと、会場の中へと足を速めた。
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