不完全な完全犯罪ZERO
みずほの携帯電話
 俺は学校の許可を取り、みずほの慰霊祭を屋上で開催することにした。
今回の事件を重くみた学校側は、市の教育委員会や警察管の立ち入りを求めた。
でも生徒が混乱すると思いクラスメートと担任だけの出席にしてもらった。


俺の本当の目的は犯人探しだ。
きっとみずほのコンパクトが何かを教えてくれるに違いないと判断したからだ。


そんなこと警察に任せれば良いとクラスメートを含め全員がいうだろう。
でも、放ってはおけなかったんだ。




 屋上にみずほの机と椅子が並べられた。
俺はまず、合掌の後で其処から献花した。


その花は、供えられていた一つとなった。

其処はみずほの遺体のあった傍だった。


(やはり此処から落ちたのか? この花の落ち具合は、殺しだな)

俺はみずほの落ちた放物線を知らない。
でもそう確信した。


(もしみずほが自殺だったなら、もう少し遠くへ堕ちるはずだ。勢いを付けて跳ぶはずだから。幾ら何でも、真っ直ぐ下にはダイブ出来ないだろう。でも花束は……一直線に下へ向かったよな?)

追い詰められたみずほが胸を突かれてまっ逆さまに墜ちていく。
俺の脳裏にあの日の光景が広がった。




 「みんなも聞いたか? 岩城みずほの死は此処から突き落とされたことによる脳挫傷だったそうだ」


「何言ってるんだ。岩城みずほは自殺だよー」

一人が言った。
すると全員が言う。


「そうだ岩城みずほは確かに自殺だー」


「その通りだー」
と――。


葬儀前に俺が見つけた痣を知らないから言えることだった。


「お前は恋人が死んで悲しいだろうけどよ。此処にいる奴らの腹の中では、ライバルが減ったって喜んでいるに決まっているさ」

影に隠れて誰かが言う。


(あっ、そう言う訳か……みずほは何時もトップクラスだった……だからみんな平然としているんだ。強力なライバルが一人減ってラッキーか? もしかしたらそれを狙ったのか!? それで狙ったのか!?)

俺は自分だけが躍起になっているようでいたたまれなくなった。


「葬儀は終ったじゃないか。それともお前はみずほを成仏させたたくないのか?」

その言葉にドキンとした。


「俺は見たんだ。みずほの胸の手のひら大の痣を。みんな正直に言ってくれ。一帯誰がみずほを殺したんだ」

遂に俺は言っていた。




 「何言ってるんだ!?」


「俺達を犯人呼ばわりする気か? 確かにみずほが死ねば助かるけどな」


「何言ってるの! みずほは親切で誰にも優しいかったじゃない!」


「瑞穂君は、成仏させたくて……」


「そうよ。みずほに安らかに旅立ってもらいたくてこのような場を用意したのよ」

女生徒達が言ってくれた。
俺はそれで救われた。
それだけで充分だった。


(嬉しい……嬉しいよ、みずほの優しさを知っているクラスメートがいることが解って)


それでも俺は賭けに出ようとしていた。
俺はコンパクトを手に持ちながら、携帯に届いたメールにアクセスした。




 あの日。
俺に送られてきた羅列のメルアド。
その相手の携帯へ。
でも俺だって考えた。
メルアドなんて幾らでも変えられると……


だから掛けてみようと思った……
少しは、少し位は良心があるはずだと思って。


――岩城みずほが学校の屋上から飛び降り自殺したらしいよ――

俺はメールをそのまま送信者に戻した。


ピコピコ携帯がなる。
驚いたことにその受信相手は先生だった。
先生は上着のポケットから携帯を取り出し、首を傾げていた。




 「ったく先生かよー」

俺は毒づいた。
でも先生はキョトンとしていた。


「ん!? この携帯誰んだ……ったく誰だ? こんな悪戯して」


(えっ!)

俺は……
その言葉にマジで驚いていた。


先生の携帯が鳴った時、実は俺はホッとしていた。
先生が俺を気遣ってメールを送ってくれたのかと思ったからだった。
だからタメ口で……
だから軽い状態っぽく言えたのだった。


(あ、そうだ)

俺は思い出していた。


(確か……先生の携帯は、俺と同じように胸ポケットにあったんだ。確か今……先生は上着のポケットから取り出していた)




 その携帯は本当に先生のではなかった。
きっと誰かが処分に困って先生のポケットに入れたのだろう。


でも俺は嬉しかった。
メルアドが変更されていないことが……
善意の第三者かも知れないと思ったからだった。


(あれっ!? でも何で俺のメルアドにアクセス出来たのだろう? それに……自分の携帯を先生のポケットに普通入れるかな?)

俺に新たな疑問が湧いた。


先生の言った悪戯とは、ポケットの中に入れたことと、メールの内容だった。


「先生を貶めようとしたのは誰だ?」




 「スイマセン。メールを送ったのは俺です。名前がなかったから誰がくれたのかと思いまして」


「そうか、それなら仕方ないか……って仕方ない訳がない!」

先生はそう言った後マジな顔になって、全員を見回した。


「なあみんなどうした? クラスメートが此処から突き落とされて殺されたんだよ。何で正直に話してくれないんだ」

先生はその答えを暫く待っていた。
でも誰も名乗り出てはくれなかった。


「良し、それならリダイアルだ」

先生は溜め息を吐きながら携帯をいじっていた。




 ――ガラーン。ガラーン。

掛かって来たのは俺の携帯だった。


(えっ!?)

それはみずほの携帯からのみの着信音だった。


「先生その携帯みずほのです!」
俺は思わず叫んでいた。




 すっかり忘れていたみずほの携帯。


『助けてー!』の後のメールは、同じ携帯からだったのだ。


誰かがメルアドを変えて送ってきたのだ。

其処から見えた計画性。
それはみずほは間違えて殺されたのではないことを証明していた。


(何が善意の第三者だ!! みずほ許してくれー!!)

俺は愚かな考えを反省しながら献花に目を遣りながらみずほに謝った。


俺はあの日の光景を思い出した。
あの献花の場所から見上げた屋上。
あの日この場所でみずほを平然と眺めていたクラスメートの顔を思い出した。
口角を上げ、微笑みを浮かべていたクラスメート達を……


(あれこそが殺意そのものだったんだ!!)




 俺はもう一度コンパクトの文字を見つめた。
あの日試した鏡面回顧。
もう一度やってみるしかないようだった。


俺はこっそり陰でコンパクトを開け、あの文字を見つめた。


その途端に又閉めた。
鏡面に邪悪な何が取り憑いたような圧倒的な力を感じたからだった。


コンパクトは力を増していた。
死化粧を……みずほの最期の化粧を……俺はみずほの顔をこのコンパクトで飾った。


俺の思いとみずほの思い。
そして死化粧をしてくれた納棺師の思いが一つになって……


でも本当にそれだけだったのか?
それなら良いのだが……




 俺は垣間見た邪悪な何かがとても恐ろしくて仕方なくなった。


(それともみずほの魂が悪霊になったのだろうか?)

あんな恐ろしい目に合わされたのだ、それもあり得ると俺は思っていた。




 「キューピット様を遣ったことは解ってる」

だから俺はあえて出してみたんだ。
俺の言葉を聞いて、鏡の中で遊んでいた数人の女生徒が俯いた。


「殺ったのはお前達か!?」
女生徒の仕草を見て気付いた男子生徒が言い出した。


「なら俺はカンケーねえよな」

一人の生徒が立ち上がった。


「じゃあ俺は帰る。勝手に犯人探しでもしてな」
そう言いながら男子生徒が屋上のドアを開けた。


「そんじゃ俺達も関係ねえから帰るわ」


「それじゃ私達も」
みんなそう言って帰って行く。
後に残ったのは、俯いた女生徒と先生だけだった。
でもその中にあの二人は居なかった。


(町田百合子と福田千穂か? そう言えば二人は屋上にも来なかったな……)

俺はキューピット様を始めたのが町田百合子で、それに乗ったのが福田千穂だと思い始めていた。
でも、その目的が何なのかは判らなかった。




 みずほの死を悲しむわけでもなく……
みんな帰ってしまった屋上。
俺はただ自分の力不足を痛感した。


この中に真犯人は居ない。
コンパクトはそう言っていた。


(解ってる……そうか、俺は最初から知っていたんだ。でも……幼なじみを疑いたくなかった)

町田百合子はともかく福田千穂は、保育園時代から……
正確には産まれた時から一緒だと言っても過言ではなかったのだ。


母と千穂の両親は同じ職場だった。
俺達は良く手を繋いで、保育園に通っていた。
そうお祖母ちゃんの後に付いて……




 「先生。この中に犯人は居ないよ」
俺はズバリと言い切った。


「それじゃあ誰だ?」
先生が教え子を見た。


「えーと、お休みしているのが一人いて、此処に来なかったのが二人います」


「休みは確か……松尾有美だったな。でも松尾は違うぞ、親父さんが亡くなったからだ」
先生は強く言った。


俺には解った。
先生の浮気相手の、元恋人の子供となった有美。
愛した人と例え血は繋がっていなくても、その娘を守りたいのだと。


先生は其処までその人を愛しているんだと、俺は思っていた。




 「大丈夫ですよ先生。そもそもキューピット様を始めた頃はきっと通夜の準備とかで……」
俺は先生の耳元でこっそり囁いた。


「あっ、キューピット様をやったのは松尾有美が帰ってからか?」
でも先生は大きな声を出していた。


「はい。多分その日の放課後です。『今度は誰が死ぬんだろう?』って始めたんです」
俺は苦笑しながら、又内助話を始めた。




 「ねえ磐城君。私達怖くて言えなかったのに、良く解ったね」

一人が言った。


「ん? 何の話?」


「ほら、さっき磐城君の言ったキューピット様よ」


「だって、磐城君彼処に居なかった訳だし……」


「あの後、私達話してたのよ。もしかしたら、あのキューピット様が原因じゃないのかって」


「だから怖くては言えなかったの」


「そうよ。だから……例えば誰かに聞いたとか?」
もう一人が言った。


「チゲーよ。でもそうなのかもな」


「何だいそりゃー」
先生も言った。


「実は……みずほに聞いたんだ」

俺がそう言った途端、みんな顔を見合わせた。




 「実は俺、霊感が強いんだ」

俺はもう一度、コンパクトをポケットの中で握り締めた。


「俺とみずほの出逢いはデパートのトイレだった」

俺はあの日の記憶は全く無いに等しい。
でもお祖母ちゃんから聞いた話を頼りに切り出した。


トイレの中で怖い思いをしたこと。
それがキッカケでトイレに行けなくなり、オムツを付けたこと。
保育園でみずほに睨まれ、怖い女の子だと思ったこと。
その時、実はみずほを傷付けていたこと。
それがきっかけでみずほに嫌われたこと。
そして、その全てが運命だったことなどを包み隠さず話した。




 俺はみずほへの愛をみんなに告白していた。


「其処まで好きだったとはね」


「そうだよね。だから千穂がヤキモチを焼いてたのか」


(えっ!?)
初耳だった。


(まさか……千穂が俺のことを?)

俺は何が何だか解らなくなった。


「あっ、ごめん。磐城君気付いていなかったのね」


「そうかもね。千穂おとなしかったからね」


(千穂がみずほを殺したのか? 俺をみずほから奪うために? でもそうなると……やはりみずほは俺が基で殺されたことになる)

俺は自分の考えが恐ろしくなり、皆が帰ってしまった屋上のドアを見つめていた。



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