不完全な完全犯罪ZERO
幽霊情報
赤錆に覆われたアパートの外階段に足音が響く。
（此処に来てくれたら嬉しいな）
俺は呑気なことを考えていた。
叔父が経営する、イワキ探偵事務所に最近客足が遠退いているからだった。
（迷子の子猫ちゃん捜しでもいいから……）
そう思いつつドアを見つめた。
上熊谷駅の横の道路から国道へ向かう途中に、それまで覆い隠された川がいきなり現れる。
其処が熊谷空襲で被害が甚大だった星川だ。
焼夷弾などによる空爆で多くの建物が延焼する中、暑さ凌ぎに小さな川に大勢詰めかけた。
其処で百名近くの命が奪われたのだ。
終戦直前の悲劇として語り継がれている史実だ。
ゆったりと流れる川は今では憩いの通りとなっている。
まるであの日が嘘のように……
その通りを熊谷駅方面に向かう途中を曲がり、一本中に入った道。
古い木造アパートの二階。
東側の窓に手作り看板。
イワキ探偵事務所はあった。
間取りは六畳と四畳半、一坪キッチンとトイレ付きバスユニット。
出来た当初はきっと斬新だったんだろう。でも今は修繕もされないまままま放っておかれている。
目立たない場所だからかなと、俺は密かに思っていた。
通路側に開くドア。
靴置き場のみある玄関。
その横に広がる、洋間が事務所だ。
其処で探偵としての仕事を請け負っていた。
俺は中学生の頃から、学校が早目に終わった日は良く叔父の探偵事務所に遊びに来ていた。
両親は共働きて鍵っ子だったからだ。
だから見よう見まねで迷子の子猫捜しなどを手伝っていたのだ。
給料なんて言えるほど貰ったためしはないけど、俺はアルバイトだと思っていた。
勿論誰にも言っていない。だって、子供を雇っているとか噂を立てられたくなかったんだ。
弟に子供を預かってもらっている。きっと母はそう思っているに違いないからだ。
でも本当の理由は弟が心配だったからだ。
叔父は新婚時代に奥さんを殺されていたのだ。
叔父は警視庁に勤めていた。
だけど住む家が見つからずに、仮住まいしていたのだった。
何れは社宅に住みつもりだったからだ。
まさか其処にずっと住むことになろうなんて思いもしなかったはずなのだ。
足音はイワキ探偵事務所の前を通り過ぎた。
それを確認して、溜め息を吐いた。
（又仕事依頼じゃなかったのか？）
がっかりしながら叔父を見る。
叔父は呑気に居眠りをしていた。
その時電話が鳴り、叔父は慌てて受話器を取った。
「何だ、木暮君か？」
叔父はぶっきらぼうに受話器を俺に渡した。
木暮っていうのは俺の親友で、今頃湘南に近い海の家にいるはずだった。
「木暮、確か今日は海水浴だって言ってたな？」
『海水浴じゃないよ。海の家の手伝いだって言ったろ』
「あ、そう言えば聞いた覚えがあるな？ 確か、海開きして百年目だとか？」
『そうなんだよ。明治時代から続く歴史のある海水浴場なんだ。其処に親戚が休憩場所を接地して今年で丁度百年なんだ。でも今危機に瀕してる。だから瑞穂の霊感を借りようと思って電話したんだよ』
「俺の霊感!?」
その言葉を聞いて、叔父が立ち上がった。
どうやら仕事だと勘違いしたようだ。
俺には霊感がある。
子供の頃にもあったようだか、今は強大になっている。
俺はその力で幾多の難事件も解決してきたのだ。
「危機に瀕してるって？」
『霊感のない俺が、幽霊の声を聞いたんだ。だけど皆、錯覚だろうって言ってる。だから怖いんだ』
「そりゃ、皆が正しいんじゃない？」
『何だよ、瑞穂まで俺を馬鹿にしているのか？』
「違う……」
そうは言っても、次の言葉が出て来なかった。
『一度此方に来て、瑞穂の霊感で調べてみてくれないか？』
「その海水浴場って？」
『ホラ、俺の親戚が経営している海の家だよ。一度瑞穂を連れて来たことがあったろ？』
「あぁ、彼処か？」
そう言った途端に子供の頃の思い出が甦った。
その瞬間に俺は鳥肌に被われた。
「其処はヤバいって！」
『ヤバいって、何が？』
「あの時、俺は何かを感じて海岸に近付けなかった。それを今思い出した」
『やっぱり何かが居るのか？』
「おそらく子供の霊だ」
『やっぱり』
木暮は黙ってしまった。
その途端、木暮に誘われた時に断ったことを思い出した。もしかしたら、俺の霊感が判断したのかも知れない。
それでも俺は木暮の要請をのもうと思っていた。
俺は早速熊谷駅から電車で、東海道本線にあるという海水浴場の最寄りの駅を目指した。
改札口の前には木暮がいた。
「早速だけど、どんな現象？」
「それが、どうやら聞いているのは俺だけなんだ」
「何だよ、それ。こんな場所まで呼び出しておいて……」
でもまだ被害者は出て居ないってことらしい。
子供の頃に感じた恐怖を確かめなくてはならない、あの頃より強くなった力で……
俺はあの時駄々をこねて、皆を手こずらせた。
それで結局抱き抱えられて海の家の中にいたのだ。
そんな思い出に押し潰られそうになっていた。
でもそれでは何も始まらない。
俺は覚悟を決めて浜辺に足を踏み入れた。
その途端に俺の深部に哀しみが伝わった。
「子供が……いや、まだ乳飲み子だ。この海岸に埋めらたようだ」
「オジサン聞いた通りだ。やっぱり幽霊が居るんだよ」
木暮は震えだした。
「あれっ、君は確か」
「あぁ、あの時のオジサン。俺を抱いて海の家に閉じ込めた」
「閉じ込めたって人聞きの悪い」
「だってそうじゃない。恐怖で震えているいる子供を無理矢理……」
「そんなに怖かったのか？」
「今も怖いです。でも何事もなくて良かったです」
「何かあるのか？」
オジサンは木暮に向かって言った。
「オジサン、コイツ霊感が強いんだ。だからきっと子供の頃、動けなくなったんだと思うよ」
「木暮の話が気になって、来てみました。やはり何がしらの霊はいるみたいです。此処に子供か乳飲み子を埋めたと聞いたことがありますか？」
「あぁ、大昔の話だ。将軍の弟の恋人が産んだ男の子が埋められたらしい。でも此処では、本当は埋められていないことになっているんだが……、本当にその霊か？」
「埋められていないって、どういうこと？」
「将軍様の部下が殺すことを躊躇って、生き延びたってことになっている」
「でも何故、将軍様は殺そうとしたのだろう？」
「それは、やはり跡目相続だ。お家騒動の火種にもなり兼ねないからな」
「男の子だから？」
俺が言ったらオジサンは頷いた。
海岸線を見ると地蔵菩薩像が立っていたので其処まで移動した。
「賽の河原って知ってる？」
「あぁ、良く石が積んである場所か？ 俺がテレビで見たのは河原っていうより海だったな」
賽の河原……
死んだ子供が行くと言われる冥途の三途の川のほとりにあるとされる。
父母の供養のために小石を積み上げて塔を作ろうとすると、たえず鬼に崩される。
無駄な努力とも解釈されるが、それでも子供は小石を積む。
地蔵菩薩はそんな子供を守るために存在しているのだった。
だから辻々で、子供達を見守っているのだ。
「この地蔵菩薩がその子を守ってくれているのかな？」
「でも、この子はまだ成仏出来ていないようだ。だから母親を求めてさ迷っているみたいだ」
「母親!?」
「ねえ、オジサン。その母親って何処にいるの？」
「確か埼玉に墓があるって聞いた」
「埼玉!?」
二人同時に言った。
「お墓は埼玉にあるの。だったら逢えないはずだ。埼玉には海がないからな。だからずっと……」
「その人は舞の名手だったらしい」
「舞姫か？」
「その墓に行ってみるしかないみたいだな」
俺の呟きに、工藤は頷いた。
「でも、埼玉の何処にあるんだろ？」
「確か利根川の近くだとか？」
「利根川？ だったら行田かな？ 確か利根川の水を引いた浄水場があるって聞いた」
「行田なら近いな。海の家の準備は殆ど終わったんだよね？ 後は大丈夫？」
「あぁ」
「だったら俺、コイツと帰る。この浜辺の安全をその墓に頼んでみるから……」
「解った。お前の無い霊感が、そう悟ったなら仕方ないな」
オジサンの一言で俺達は帰途の道を辿ることになった。
俺達は早速行田に向かった。
行田は熊谷の一つ上野寄りの駅だ。
でも市役所まではかなりあるらしいので結局自転車になった。
どれだけ時間がかかるかも判らないけど、兎に角行くしかなかったのだ。
木暮が市役所近くにある忍城までの道なら知っていると言う。
だから俺は後を追うことにした。
何とか行田の駅まで辿り着いた。後はなるべく線路沿いを通り、元荒川を吹上駅方面に進む。
其処は鴻巣市だった。
でも行田市役所に行くには一番良い選択だと言って聞かないんだ。
車が一台通るのがやっとの狭い道を行くと、少し大きな道に出た。
木暮は其処を左に曲がった。
と、思ったら急に止まった。
「此処の桜が良いんだよ。ホラ柵が桜だろ？」
そんな御託は要らないと思いながらも頷いた。
それからの道の長いこと長いこと。
それでもどうにか、唐栗時計前まで辿り着いた。
唐栗時計は大きな通りの手前にあった。
其処で一休みした後、少し手前の道を左に折れて暫く行くと信号の手前にＳＬが止まっていた。
その道を左に曲がった場所がバスターミナルで反対側に駐輪場があった。
「此処で何時も止めておくんだ。さあ忍城見学だ」
「何言ってるんだ。遊びに来た訳じゃない！」
俺は思わず怒鳴ってしまった。
それでも木暮はどんどん行ってしまった。
仕方がないので、背中を追った。
忍城は歴史と足袋の博物館だった。
でも中には入らず周りだけ見学した。
橋の手前の道を行くとアートギャラリーがある。
俺達はその向こうにある市役所らしい建物の階段を上った。
其処に何があるのか判らないけど、俺の霊感が呼んでいた。
俺は思わずそれに手を伸した。
「あっ、これ有名な舞姫だったな？ もしかしたらこの人がお母さんなのか？」
木暮の質問に頷いた。
俺はそのパンフレットを戴いて、叔父に見せることにした。
出来るなら叔父の車で出掛けたかったのだ。
（此処に来てくれたら嬉しいな）
俺は呑気なことを考えていた。
叔父が経営する、イワキ探偵事務所に最近客足が遠退いているからだった。
（迷子の子猫ちゃん捜しでもいいから……）
そう思いつつドアを見つめた。
上熊谷駅の横の道路から国道へ向かう途中に、それまで覆い隠された川がいきなり現れる。
其処が熊谷空襲で被害が甚大だった星川だ。
焼夷弾などによる空爆で多くの建物が延焼する中、暑さ凌ぎに小さな川に大勢詰めかけた。
其処で百名近くの命が奪われたのだ。
終戦直前の悲劇として語り継がれている史実だ。
ゆったりと流れる川は今では憩いの通りとなっている。
まるであの日が嘘のように……
その通りを熊谷駅方面に向かう途中を曲がり、一本中に入った道。
古い木造アパートの二階。
東側の窓に手作り看板。
イワキ探偵事務所はあった。
間取りは六畳と四畳半、一坪キッチンとトイレ付きバスユニット。
出来た当初はきっと斬新だったんだろう。でも今は修繕もされないまままま放っておかれている。
目立たない場所だからかなと、俺は密かに思っていた。
通路側に開くドア。
靴置き場のみある玄関。
その横に広がる、洋間が事務所だ。
其処で探偵としての仕事を請け負っていた。
俺は中学生の頃から、学校が早目に終わった日は良く叔父の探偵事務所に遊びに来ていた。
両親は共働きて鍵っ子だったからだ。
だから見よう見まねで迷子の子猫捜しなどを手伝っていたのだ。
給料なんて言えるほど貰ったためしはないけど、俺はアルバイトだと思っていた。
勿論誰にも言っていない。だって、子供を雇っているとか噂を立てられたくなかったんだ。
弟に子供を預かってもらっている。きっと母はそう思っているに違いないからだ。
でも本当の理由は弟が心配だったからだ。
叔父は新婚時代に奥さんを殺されていたのだ。
叔父は警視庁に勤めていた。
だけど住む家が見つからずに、仮住まいしていたのだった。
何れは社宅に住みつもりだったからだ。
まさか其処にずっと住むことになろうなんて思いもしなかったはずなのだ。
足音はイワキ探偵事務所の前を通り過ぎた。
それを確認して、溜め息を吐いた。
（又仕事依頼じゃなかったのか？）
がっかりしながら叔父を見る。
叔父は呑気に居眠りをしていた。
その時電話が鳴り、叔父は慌てて受話器を取った。
「何だ、木暮君か？」
叔父はぶっきらぼうに受話器を俺に渡した。
木暮っていうのは俺の親友で、今頃湘南に近い海の家にいるはずだった。
「木暮、確か今日は海水浴だって言ってたな？」
『海水浴じゃないよ。海の家の手伝いだって言ったろ』
「あ、そう言えば聞いた覚えがあるな？ 確か、海開きして百年目だとか？」
『そうなんだよ。明治時代から続く歴史のある海水浴場なんだ。其処に親戚が休憩場所を接地して今年で丁度百年なんだ。でも今危機に瀕してる。だから瑞穂の霊感を借りようと思って電話したんだよ』
「俺の霊感!?」
その言葉を聞いて、叔父が立ち上がった。
どうやら仕事だと勘違いしたようだ。
俺には霊感がある。
子供の頃にもあったようだか、今は強大になっている。
俺はその力で幾多の難事件も解決してきたのだ。
「危機に瀕してるって？」
『霊感のない俺が、幽霊の声を聞いたんだ。だけど皆、錯覚だろうって言ってる。だから怖いんだ』
「そりゃ、皆が正しいんじゃない？」
『何だよ、瑞穂まで俺を馬鹿にしているのか？』
「違う……」
そうは言っても、次の言葉が出て来なかった。
『一度此方に来て、瑞穂の霊感で調べてみてくれないか？』
「その海水浴場って？」
『ホラ、俺の親戚が経営している海の家だよ。一度瑞穂を連れて来たことがあったろ？』
「あぁ、彼処か？」
そう言った途端に子供の頃の思い出が甦った。
その瞬間に俺は鳥肌に被われた。
「其処はヤバいって！」
『ヤバいって、何が？』
「あの時、俺は何かを感じて海岸に近付けなかった。それを今思い出した」
『やっぱり何かが居るのか？』
「おそらく子供の霊だ」
『やっぱり』
木暮は黙ってしまった。
その途端、木暮に誘われた時に断ったことを思い出した。もしかしたら、俺の霊感が判断したのかも知れない。
それでも俺は木暮の要請をのもうと思っていた。
俺は早速熊谷駅から電車で、東海道本線にあるという海水浴場の最寄りの駅を目指した。
改札口の前には木暮がいた。
「早速だけど、どんな現象？」
「それが、どうやら聞いているのは俺だけなんだ」
「何だよ、それ。こんな場所まで呼び出しておいて……」
でもまだ被害者は出て居ないってことらしい。
子供の頃に感じた恐怖を確かめなくてはならない、あの頃より強くなった力で……
俺はあの時駄々をこねて、皆を手こずらせた。
それで結局抱き抱えられて海の家の中にいたのだ。
そんな思い出に押し潰られそうになっていた。
でもそれでは何も始まらない。
俺は覚悟を決めて浜辺に足を踏み入れた。
その途端に俺の深部に哀しみが伝わった。
「子供が……いや、まだ乳飲み子だ。この海岸に埋めらたようだ」
「オジサン聞いた通りだ。やっぱり幽霊が居るんだよ」
木暮は震えだした。
「あれっ、君は確か」
「あぁ、あの時のオジサン。俺を抱いて海の家に閉じ込めた」
「閉じ込めたって人聞きの悪い」
「だってそうじゃない。恐怖で震えているいる子供を無理矢理……」
「そんなに怖かったのか？」
「今も怖いです。でも何事もなくて良かったです」
「何かあるのか？」
オジサンは木暮に向かって言った。
「オジサン、コイツ霊感が強いんだ。だからきっと子供の頃、動けなくなったんだと思うよ」
「木暮の話が気になって、来てみました。やはり何がしらの霊はいるみたいです。此処に子供か乳飲み子を埋めたと聞いたことがありますか？」
「あぁ、大昔の話だ。将軍の弟の恋人が産んだ男の子が埋められたらしい。でも此処では、本当は埋められていないことになっているんだが……、本当にその霊か？」
「埋められていないって、どういうこと？」
「将軍様の部下が殺すことを躊躇って、生き延びたってことになっている」
「でも何故、将軍様は殺そうとしたのだろう？」
「それは、やはり跡目相続だ。お家騒動の火種にもなり兼ねないからな」
「男の子だから？」
俺が言ったらオジサンは頷いた。
海岸線を見ると地蔵菩薩像が立っていたので其処まで移動した。
「賽の河原って知ってる？」
「あぁ、良く石が積んである場所か？ 俺がテレビで見たのは河原っていうより海だったな」
賽の河原……
死んだ子供が行くと言われる冥途の三途の川のほとりにあるとされる。
父母の供養のために小石を積み上げて塔を作ろうとすると、たえず鬼に崩される。
無駄な努力とも解釈されるが、それでも子供は小石を積む。
地蔵菩薩はそんな子供を守るために存在しているのだった。
だから辻々で、子供達を見守っているのだ。
「この地蔵菩薩がその子を守ってくれているのかな？」
「でも、この子はまだ成仏出来ていないようだ。だから母親を求めてさ迷っているみたいだ」
「母親!?」
「ねえ、オジサン。その母親って何処にいるの？」
「確か埼玉に墓があるって聞いた」
「埼玉!?」
二人同時に言った。
「お墓は埼玉にあるの。だったら逢えないはずだ。埼玉には海がないからな。だからずっと……」
「その人は舞の名手だったらしい」
「舞姫か？」
「その墓に行ってみるしかないみたいだな」
俺の呟きに、工藤は頷いた。
「でも、埼玉の何処にあるんだろ？」
「確か利根川の近くだとか？」
「利根川？ だったら行田かな？ 確か利根川の水を引いた浄水場があるって聞いた」
「行田なら近いな。海の家の準備は殆ど終わったんだよね？ 後は大丈夫？」
「あぁ」
「だったら俺、コイツと帰る。この浜辺の安全をその墓に頼んでみるから……」
「解った。お前の無い霊感が、そう悟ったなら仕方ないな」
オジサンの一言で俺達は帰途の道を辿ることになった。
俺達は早速行田に向かった。
行田は熊谷の一つ上野寄りの駅だ。
でも市役所まではかなりあるらしいので結局自転車になった。
どれだけ時間がかかるかも判らないけど、兎に角行くしかなかったのだ。
木暮が市役所近くにある忍城までの道なら知っていると言う。
だから俺は後を追うことにした。
何とか行田の駅まで辿り着いた。後はなるべく線路沿いを通り、元荒川を吹上駅方面に進む。
其処は鴻巣市だった。
でも行田市役所に行くには一番良い選択だと言って聞かないんだ。
車が一台通るのがやっとの狭い道を行くと、少し大きな道に出た。
木暮は其処を左に曲がった。
と、思ったら急に止まった。
「此処の桜が良いんだよ。ホラ柵が桜だろ？」
そんな御託は要らないと思いながらも頷いた。
それからの道の長いこと長いこと。
それでもどうにか、唐栗時計前まで辿り着いた。
唐栗時計は大きな通りの手前にあった。
其処で一休みした後、少し手前の道を左に折れて暫く行くと信号の手前にＳＬが止まっていた。
その道を左に曲がった場所がバスターミナルで反対側に駐輪場があった。
「此処で何時も止めておくんだ。さあ忍城見学だ」
「何言ってるんだ。遊びに来た訳じゃない！」
俺は思わず怒鳴ってしまった。
それでも木暮はどんどん行ってしまった。
仕方がないので、背中を追った。
忍城は歴史と足袋の博物館だった。
でも中には入らず周りだけ見学した。
橋の手前の道を行くとアートギャラリーがある。
俺達はその向こうにある市役所らしい建物の階段を上った。
其処に何があるのか判らないけど、俺の霊感が呼んでいた。
俺は思わずそれに手を伸した。
「あっ、これ有名な舞姫だったな？ もしかしたらこの人がお母さんなのか？」
木暮の質問に頷いた。
俺はそのパンフレットを戴いて、叔父に見せることにした。
出来るなら叔父の車で出掛けたかったのだ。
