不完全な完全犯罪ZERO
アルバイト探偵?
 探偵事務所と言っても、そんなに格好いいものじゃない。
普通のアパートだし、狭いし……


だって、六畳の和室に二畳のキッチン。
それと業務をしている四畳半の洋間。
其処には机が一つだけ置いてある。


だから来た人は皆目を疑う。
まともな仕事なんか出来る訳がないと帰ってしまう人もいるほどだ。


それでも熱いハートで事件解決します。と、言いたい。
なのに来る仕事は、失踪した動物の捜索か浮気の調査が殆どだった。


年がら年中仕事待ちで、事務員なんかも頼めない訳だ。
だから仕方なく此処を手伝っている訳だ。


アルバイト料だって市で決めた最低賃金より低い。
それは身内だから、遊びに来てる感覚だったのだ。




 だから尚更、此処でアルバイトしてるなんて言えやしない。
安月給のことがもしバレたら、叔父の立場が悪くなるかも知れなかったからだ。
これが内緒にしている本当の理由だ。


勿論他にも理由はある。
第一。
ラブホの見張りや出入りなどを知られたら、即退学ものだから。


ウチの高校。
やたらと校則に厳しくて、今まで何人も停学を食らっているんだ。質が悪い場合は即退学なんてことも有り得る。
だから幾ら叔父さんの手伝いのためだって言っても、聞く耳持ってくれないと思ったんだ。




 暇すぎて、眠ってしまうこともある。
それでも仕事にありつけたら一気に急がしくなるんだ。
だからそのための休養だとか叔父は言ってるけどね。


失礼だけど、僕には負け惜しみとしか聞こえない。


だから恋人のみずほにも内緒にしてる。
みずほにしてみたら、サッカーをサボっているくらいにしか見えないだろうから……


みずほは本当に一生懸命応援してくれた。
だから俺は一日でも早くレギュラーになりたかったんだ。


本当はエースになりたい。
今のスターとは技術面とかでも比べ物にはならないけど、俺は俺なりに頑張って来たんだ。




 プロリーグから誘いがあるとか、スカウトの人が見学に来ているとかの噂は常にある人だ。
今の俺の目標だ。


何時か追い付き追い抜いて、みずほをビックリさせてやりたかった。


背の低い俺だけど、みずほのためにもデッカイ夢を実現したかったのだ。


イヤ、本当は自分のためだった。
みずほは、俺がいくら勉強しても追い付けないほどの優等生だった。
だからせめてサッカーくらいは自慢出来る存在になりたかったのだ。




 俺は叔父と組んで、ヤバい橋も渡って来た。
汚い仕事もやってきた。


流石に命の危険までは感じたことはなかったけど……
それでも一歩間違えると警察沙汰にもなる仕事なのだ。


尾行中にストーカーと間違えられ、通報された同業者もいる。
見るからに怪しいと、変態者扱いされたケースもある。


身辺調査でも個人情報の漏洩になるからと言って、しゃべってくれなくなってきたようだ。


だから行動は常に冷静に慎重にかつ敏速に行われてなくてはいけないのだ。




 探偵って言うのは、ゴミ漁りもする。
それも列記とした違反事項だと俺は知っている。
それでも背に腹は変えられなくてやってしまっているけれど……


《この資源物(新聞・雑誌・ダンボール・紙パック・布類・アルミ缶・スチール缶・ペットボトル)は市の資源回収に出したもので、所有権は市にあります。無断で持ち去ると窃盗罪にあたるので発見しだい法的手続きをします》

母が何時も朝早く持って行く、ゴミ置き場に設置してあるバスの停留所みたいな立て看板にはゴミの持ち去り禁止とハッキリ明記してある。
もしも違反を犯したら、相当の罪になるらしい。
だから本当は恐い。


古新聞やリサイクル品だけじゃない。
今、自治体によっては可燃物でも有料なんだ。
その仕組みの殆どが、専門のゴミ袋販売だ。
それで出さないと回収しないから、皆高い料金を払うしかないのだ。


そんな品物を無断で持ち去っていいのか?
俺は何時も疑問に感じていた。


テレビの刑事物や探偵物のドラマでは時々そんな場面も見受けられるけど……




 どうしつゴミを持って来るのか?
その答は個人情報の特定に繋がるからだ。


浮気の調査だったら、チリ紙の中まで調べ上げる。
皆無防備だからDNAの付着した証拠物件さえも簡単に捨ててしまうようだ。
それに乗じて徹底的に証拠を集めるのだ。


其処に誰と誰が住んでいるのかさえ瞬時に解る。
その友好的な手段は、ダイレクトメール。
これこそがその個人情報の宝庫だった。


住所や名前だけではない。
時には個人を識別出来る番号までふってある。


これでアクセスしたら、その人の一部を垣間見られるかも知れないんだ。
だから俺はお袋に、切り刻んでから捨てるように言っているんだ。




 ゴミを調べることは犯罪の証拠集めには効果抜群なのだ。


もちろん浮気調査にも欠かせない手段だったのだ。




 俺は叔父に頼まれて女装などもしてきた。


最近やっと160センチを越えた。
これは男子中学生の平均身長らしい。
男としては背が低く、髭も濃くない俺。
だからルージュとウィッグだけでそれなりに見えるらしい。

そんなこともあって、叔父は面白がって俺で遊ぶ。


女生徒の化粧だって校則では禁止している。
なのに男の俺が……
もし学校にバレたら……
そう考えただけでも怖い。
怖過ぎる!


退学だけで済まないかも知れない。
時代劇ではないけれど、市中引き回しの刑などもありえる。
つまり、全校生徒の前で俺の女装を見せ物にする。


ま、そんなことは無いとは思うけどね。




 でも叔父は仕事だけは容赦しなかった。
俺の女装は、叔父の恋人役を演じて現場に密着するためだった。


いくら叔父の頼みでも、俺だってイヤだよ。
でもそれらはみんな証拠写真や資料を得るのに必要だったんだ。
だから仕方無く引き受けたんだ。


俺は叔父から、探偵としてのイロハを叩き込まれたのだった。


『サッカーなんか辞めてずっと手伝ってくれ』
叔父は仕事が急がしくなるとことある毎に言っていた。


でも俺からサッカーを取り上げたら、何も残らない。
みずほ以外何も……


そうなんだ。
俺にとってみずほは、何物にも代えられない宝物だったんだ……




 担任の先生と生徒の母親との浮気現場に出くわした時はド肝を抜かれた。
女装がバレたらただじゃ済まない。
そう思った。


だから急遽の策として大胆に女を演じた。


『覚りが開けたのか?』

そんな俺を見て、叔父が言った。


(そんなアホな……)
思わず大笑いをしたくなった。
でも歯を食いしばってまでも防いだ。


教室で何時もはしゃいでいる俺の声に担任が気が付くかも知れないと考えたからだった。


あの時はそれで切り抜けるしかなかったのだ。
もし担任に、其処に居るのが俺だとバレたら大変なことになると思ったからだった。


でもそれは取り越し苦労だったようだ。
担任は何事もないような素振りで、個室に消えていった。




 女性はグレーのスーツを着ていた。
何処にでもいて周りと同化する、所謂カメレオン色だ。


俺の同級生の母親には見えない位若かった。
俺はついつい、お袋と比べてしまっていた。


担任は紺の上下。
目立たない服装は後ろめたいからなのか?
それでも、何時ものジャージよりは遥かに格好いい。




 だから俺はその事実を利用しようと考えた。


俺は何時も叔父さんの奥さんの形見のワンピースだった。
スーツもあったけど、ウエストサイズが違った。
男性は女性より骨格がいい。
だから当たり前って言ったらそれまでだけど……


でもワンピースは殆どが寸胴で、背中にジッパーがあったから何とか着ることが出来たのだ。


俺は学生服に着替えてから、中から出て来る所を待ち伏せして偶然を装って接近した。

何か問題が起きた時の御守りにと考えたからだった。


「あっ!?」
先生は小さく言って、ばつが悪そうにそそくさと現場を立ち去った。


でもその後は何も起きることなく今日まで……
なんとなく過ぎていた。




 叔父は元は警察官だったらしい。


『弱い者イジメをするヤツが許せい熱血漢だった』

叔父を良く知っている人は口を揃えて言う。


多分俺が物心付いた頃だと思う。
確か一度、正装した姿を見た気がする。


叔父と叔母の結婚式の時の物だ。


警察官の結婚式には、正装の式服がレンタルされる。
肩にブラシのような物が付いた物凄く立派な、誰でも惚れ惚れする位格好いい姿だった。


(カッコイイ!!)
素直にそう思った。


でもその後すぐ……
逆恨みされて、新妻が殺害された。
叔父はそう思ったそうだ。
それには深い理由があったんだ。




 親身になって世話をやいていた元暴走族の男性を、救ってやれなかったのだ。

そのために服役した男性に恨まれていると思っていたからだった。


妻が殺されても、身内は捜査に加わえてもらえない事実が叔父を変えた。

自ら容疑者を追い詰め、危害を加わえてしまったのだった。


誤認逮捕の上の暴力事件。
警察官として、してはならない事だった。


それでも釈放された容疑者を執拗に追うために……
叔父は辞職したのだった。




 悲しい現実だった。
叔父は自分を押さえられなかったことが許せなかったらしい。


『幾ら何でも、アイツが真犯人のはずがない。と思うけど、体が反応していたんだ』
何時だったか、そんなことを言っていた。


その後警察官を辞め、身に着けた追跡や張り込みを生かして探偵事務に就職したのだった。


そしてアパートの一室を事務所代わりにして独立。
その部屋は殺された新妻との愛の巣だった。


叔父はまだ捕まらない真犯人を、心の何処かで追い求めていたのだ。




 叔父は何かにつけて必ず気を遣う。


例えばロゴマークだ。
クラフト封筒に同系色の文字では小さくて目立たないようにしてある。


それは叔父の気配りだった。
お客様のプライベートな事柄を調査する探偵業。
それを全面に打ち出さないように配慮したのだ。


もし、調査されていることがバレたら死活問題になるかも知れないからだった。


社内恋愛を禁止している場合もある。
御近所トラブルに発展することだって考えられる。


探偵と言うのは、それらを常に念頭に置いて行動しなければならないのだ。


決して叔父が凄腕の探偵だと自慢している訳ではないけれど、俺にとっては雲の上の人だった。




 俺は今、叔父と同じなのかも知れない。
叔父さんが奥さんを殺されたように、俺は恋人を失った。
真相は解らないけど、さっきのメールから考えるとそうにしか思えない。


俺は試行錯誤しながら、学校へと繋がる道を懸命に走っていた。





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