氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 今更そんなことを言われてもとしか言いようがない。今思うと赤井に対して遠慮していたのが彼には優しく思えたんだと思う。

「なぁ綾、俺とまた付き合わないか?」
 
「は?」

 思いがけない言葉に変な声が出てしまった。
 
「そんな事、有り得ないでしょう?やっぱり――愛人にでもするんですか?」

 綾に言われ赤井はああ、と初めて気が付いたような顔をする。

「彼女との結婚は無くなったよ。あれから暫くして婚約は解消になって――いろいろとうまくいかなくてね。やっと気付いたんだ。綾は俺を癒してくれたし、俺には綾が合ってるって。だからまた会えたらって君をずっと探してたんだ」

 偶然ここで出会ったなんて運命だろう?と笑う。
 自分に酔っているような赤井の表情にうんざりしてしまう。

(何で、そういう風に自分に都合の良いように考えられるんだろう)

 自分のしたことは高い高い棚の上じゃないか。
 そういえば、こういう人だった。当時から自分が一番で自分に酔うタイプ。自信があって男らしいと思っていたあの頃の自分の頭を叩きに行きたい。

 しかし、当事者を目の前にすると、やるせなさや悲しい気持ちがリアルに思い出されて辛い。
 言い返したい気持ちもあるが、とにかくこの男から離れたい。すぐにここから去ってしまいたい。
 
「あなたと付き合う事は出来ません」

「何でだよ、今付き合っている男でもいるのか?」

 綾が身動ぎをすると赤井はさらに一歩踏み込み綾の二の腕を掴む。
 
「そう!私、結婚を前提に付き合っている人がいますから!」
 
 綾は必死で言う。もちろん口から出まかせだ。しかし赤井は怯まない。
 
「そいつより、俺の方がいい男のはずだ。俺さ、先月専務になったんだ。そうだ、俺と結婚したら専業主婦にさせてやるよ。販売員なんか辞めればいい」

「……っ!」

「また、俺を癒して欲しいんだよ。綾」
 
 掴んだ腕を引き寄せられる。
 
 言っている事もされている事も嫌悪感しかない。しかし掴まれた腕は振りほどけない。
 しかも、人通りはそれほど無いもののこんな人目の付く所で。傍から見たらカップルがいちゃついているようにしか見えないだろう。泣きたくなってくる。
 
 ――どうしよう。
 
 そう思った時だった。
< 13 / 72 >

この作品をシェア

pagetop