氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 颯爽と現れて咄嗟に彼氏のフリをしてくれるなんて、どれだけ格好いいんだ。
 あの密着度や甘い声にはリアリティがあって思わず胸が高鳴ってしまったが、それは不可抗力と言う事で許して欲しい。

「間宮さんほどの格好いい男性とお付き合いしていると見せつけたので、もう彼は接触してこないと思います」
 
「いや、それはどうかな」

「え、間宮さんは格好良いですよ!」

 綾は勢い込んで答える。間宮が格好良くないと言ったら、いったい世界の誰が格好いいのだろう。

「……ありがとう。でも、そっちでは無くて、彼が接触してこないっていう方」

「……あ、すみません……」

 やってしまった。彼が格好いいのは、当たり前の事なのに殊更強調するような事を……
 さっきから一人で空回りし続けている気がして居たたまれない。
 
 心なしか彼も居心地が悪い顔をしている気がする。
 ふたりの間に微妙な空気が流れ、お互い一度無言でコーヒーを口に運ぶ。
 さすが高級イタリアンのコーヒーは少し冷えてしまっていても美味しい。

 間宮は優雅な手つきで持っていたカップをソーサーに戻すと両肘をテーブルに付いた。
 自身の目の前で手を組み少し身を乗り出すようにして話始める。
 
「さっきの彼の会社、十二建設の事は仕事の関係で知ってるんだけど――ここ数年経営が悪化していてね」

 間宮の話によると、業績が落ち込んでいる十二建設は、元々提携関係にあった三笠ホールディングス傘下の巨大ゼネコンである三笠建設に支援を求めているらしい。
 なるべくいい条件で支援を貰おうと社長は三笠建設に通っているが、なかなか思うように行っていない。
 
 三笠建設の本社もベリーヒルズのオフィスビルに入っているので、赤井が綾を偶然見かけたのは交渉に行く父親である社長に同行した時だったろう
 
「そうだったんですね。彼の結婚話が無くなったのってそれが原因かも」
 
 綾が勤めていた時に経営状況が悪いと言う事は聞いたことがなかったが、実は先行きが悪かったのかもしれない。
 
「経営状態が悪いことが明るみになって、先方から破棄されたんだろうね。その後もいい話が無くて、彼は焦ってるんじゃないか?」

「だからと言って、急に昔捨てた女に固執するもの、ですかね?」

「会社の事で精神的に弱ってるから、君に縋りたくなったんじゃないか」

「それは無いと思います。私、そんな縋る価値のあるような人間じゃないですから」

 綾はアハハと乾いた笑い声をだす。
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