氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 店舗はビレッジ内のショッピングモールの一角にテナントとして入っている。
 ショッピングモールは「日本の古き良き文化を世界に発信する」をコンセプトに作られている。
 モール内には綾の勤める江戸切子の店を始め、漆器の店、呉服店や和菓子店、お茶を扱う店など日本の伝統的な商品を扱う店舗が多数並ぶ。箸の専門店があったりもする。
 レストランエリアも寿司店や天婦羅の店、うなぎなどの和食の店が多い。どの店も高級感があり落ち着いた雰囲気だ。
 
 そんな環境から客層も自然と高級志向の方が多くなっている。海外セレブがやってくることも少なくないのだ。
 
「さすがね、綾ちゃんの接客」

 店内にお客様がいなくなったタイミングで声を掛けてきたのはこの店の店長だ。

 今日は平日のシフトになっていて、彼女と2人で接客をしていた。

「嬉しいですね。店長さんにそう言って貰えると」

「もう、やめてよ。『るりさん』って呼んでくれれば良いっていつも言ってるじゃない」

 苦笑する彼女は真野るり、この仕事をするきっかけを与えてくれた人だ。
 30歳の彼女はMANOきりこの社長の娘で、本店や工房を手伝う側ら自らベリーヒルズ店の店長を務めている。
 スラリとした高身長に短めのボブが似合う華やかな顔立ち、裏腹に明るく気さくで飾らない性格のるりは、知識が豊富で丁寧な接客こそ完璧な彼女は色々な面で綾の目標となっている。
 
「さっきのお客さまとも短時間であれほど打ち解けちゃったし、贈り物用のワイングラスに加えて綾ちゃんが紹介したご自宅用のぐい呑みもペアで買って下さったじゃない。綾ちゃんの持ってる親しみやすいキャラクターかしら。ちゃんと距離は取りながら親しみやすくて話しやすくて、こちらも心を許してちゃう感じ。あれは強みだわ」

「うーん、そうなんですかね?自分では何とも……」

 一生懸命接客しているだけなので、自分ではよくわからない。言って貰えるほどコミュニケーションに長けている訳ではないと思うのだが。
 
 綾は決して派手な見た目ではない。肩まで伸びた生まれつき焦げ茶色の髪はふわりとしたくせ毛なので毎朝スタイリングに苦労している。
 黒目がちな目元がリスみたいで愛嬌があって可愛いと家族には良く言われていたが、3兄妹の末っ子ゆえの甘やかしだろう。
 日本人女性の身長にやや足りない小柄な体形も小動物っぽいのだろうか。
 年のわりに幼く見えてしまうところが綾にとってはコンプレックスだったりする。
 
 まあ、そういう普通っぽさが親しみやいとお客様に思って頂けるのなら良いのかもしれない。
 
 この店では制服が無く、白いシャツに黒系のボトムを合わせれば良いことになっている。
 足の長いるりはブラックの細身のパンツが良く似合っているがお尻や太ももの肉感が気になる自分はどうにも似合わない気がして、いつも体に沿い過ぎないラインのタイトスカートやAラインのスカートを着用している。
 
「綾ちゃんなら、可愛らしいからどこかのお金持ちに見初められて玉の輿に乗っちゃったりするんじゃない?何といっても、この近辺にはセレブ男子が選り取り見取りじゃない」
 るりは弾むように言う。

「近辺に居たとしても縁なんてないですよ。るりさんみたいに美人なら別かもしれないけど」
 
 ラッピング材を整理していた綾は苦笑して続ける。
 確かにヒルズ内のオフィスビルには一流企業のオフィスしか入れないし、最先端の医療を施すという富裕層御用達の病院もある。この店の売り上げもこの街に相応しい「セレブ」に支えられている。しかし。
 
「縁があったとしても、生まれや境遇が違う方と上手く行くとは思えないですね――」

 もう『メリットが無い』とは言われたくないのだ。
 
 心に苦い思いがじわりと滲み声が沈む。
 
 るりは綾の様子に何か思い至ったのか、『しまった』という顔をする。
 
「……ごめんね、余計な言ったわ」

「こちらこそすみません、気を遣わせちゃって――もう、そんなに気にしてないんですよ」

 綾は笑って答えて、気持ちを切り替えるように作業を再開した。
 
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