氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 ずっと触れていたかった。キスで止められた自分を褒めたい。
 
 あのデートの翌々日、綾に会うと彼女は明らかにこちらを意識しており挙動不審だった。
 そんな様子も微笑ましい。
 
 無表情で回想に耽る海斗。傍から見ると恐ろしく端正な顔に浮かぶ表情はクールにしか見えないのだが、城山にはわかるらしい。
 
「何やら楽しい想像をしているところ、申し訳ありません……本気で綾様をパートナーとされたいなら『あの方』の承諾を得なければなりません」

「……」

 嫌な話を聞いたという表情に変わる海斗に城山は続ける。
 
「あれだけベリーヒルズ内で綾様を連れまわしてらっしゃるので、既に三笠の方でも噂になっています。あの方のお耳に入るのも時間の問題かと」

「分かっている……しかし、面倒だな」

「綾様にもちゃんとお話しになった方が」

「……今、話したら彼女は俺から離れていくだろうな」

「私も綾様は素晴らしい女性だと思っています。あのような女性だからこそ、誠実になるべきだと思いますが」

「随分綾に入れ込んでくれてるな」

 綾を送る機会が多い城山はすっかり彼女と仲良くなっていた。
 何でも城山が帰宅車中で英会話を教えているらしい。

 綾の働く江戸切子の店では外国人客も多い。綾も対応するが、最近の接客で上手く受け答えできなかった事があったらしく、もっと英語を上達させたいと言っていた。

 『ただ英語で会話するだけですけど、城山さん、とっても発音がきれいで勉強になるんですよ』
 と嬉しそうに言っていた。
 僕だって英語はネイティブだけど――と、つまらない対抗心が浮かんだ事は流石に言えないが城山にはバレているかも知れない。
 
 コーヒーを飲み終えた海斗は、緩めたネクタイを締めなおす。今日はこの後も執務が続く。
 
「誠実になるべき、か」

 その通りなのはわかっている。
 
 でも、まだだ。完全に彼女の身も心も手に入れて、完全に自分から離れないようにしてから。
 
――やっぱり、俺も禄でもない男だな。

海斗は心の中で自嘲した。
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