氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
(でも、結局日本語ペラペラだったんだけどね)
 
 実は彼は親日家らしく、日本語が堪能だった。後から聞いたところ、綾の慌てる様が面白くて英語しかわからないフリをしていたらしい。まったく、お茶目なお爺さんだ。
 
「アーヤ、私の事は『ファル』と」
 
 ラウファルはなぜか綾がお気に召したらしく、よくこうして店に来て、会話を楽しみ商品を購入してくれるようになった。
 綾の名前を知ると「アーヤ、良い名前だ」と言い、いつも親し気にアーヤと話しかけてくれる。 
 目利きも良く高級な商品を躊躇なく、しかも頻繁に買ってくれるので、かなりの上得意様だ。
 
 きっと、今は引退している元実業家か何かの資産家で、今は悠々自適に日本に滞在中なのだろうと想像している。
 今回もディスプレイしたばかりのぐい呑みセットを早速購入していただいた。
 付き添いの男性がカードで支払いを済ませる。
 
「さきほどは、うら若い女性2人で何をお話ししていたのかな?」
 
「綾ちゃん、明日会社休んでデートらしいんですよ~」

 商品の準備をしていると、るりが上機嫌で答える。
 
「る、るりさん」

 余計な事を話し出するりに苦笑する。
  
「Oh、私以外の男とか。それは気に入らないな。アーヤ、私の国に来ないかい?生活に困らないように養ってあげるよ」

「魅力的なお話ですね。でも私、ここでの仕事にやりがいがあるので、お店に来れなくなるのは困っちゃいますよ」

 ラウファルの冗談におどけて返す。
 
 彼は笑いながらそれは残念だ、と大げさに肩を竦めた。
 彫りが深く、迫力のある顔つきがとたんに人の好さそうな表情になる。

「良いものが買えた。アーヤ、明日は楽しい休日を」

 商品を付き添いの男性に渡すと、気さくに笑って老紳士は店を後にした。

 こんな風に海外の人にも切子の良さを分かって貰えたり、伝統文化を伝えられるのは嬉しい。
 先ほど言ったやりがいは嘘では無く、最近はさらに感じられるようになてきている。
 
(いろいろあって前の会社を辞め、転職してここにいるけど、結果、良かったんだな)

 こうゆう出来事があると、それを実感する。
< 37 / 72 >

この作品をシェア

pagetop