氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
 でも、なんというかこの期に及んでも甘い雰囲気がいたたまれなく感じ、誤魔化したくなってしまう。そこで、ずっと気になっていた事を一つ確認しようと切り出す。

「あの、海斗さん」

「うん?」

 海斗は綾を抱き込んだまま答える。

「海斗さんって、実は三笠財閥の親族とか……御曹司だったとかは無いですよね?」

 冗談ぽく聞いてみる。
 偽恋人を始めてからずっとそうだったが、今日は特に海斗の『只物では無い感』を物凄く感じた。 
 極めつけはこのスイートルーム。一流企業の管理職だとしても、あまりにも贅沢だし、すべてをスマートにこなし過ぎていると思ったのだ。
 
「三笠の?違うよ。僕は……ただの三笠に雇われてる一部署の室長」

「そっか、良かったぁ」

 一瞬彼の声が硬くなったのに気付かず、綾はホッと胸をなでおろす。
 
「良かったの?」

「はい、そんな財閥の親族となんて、恋人として並ぶ勇気なんて持てないですから。安心しました。海斗さんが普通の会社員で……あ、でも室長さんだから会社員とは言えないんですかね」

『普通の』とは言ってはいけないほど、彼が持っているものはハイスペックなのだが、もうそこは気にしないでおこうと覚悟を決めた。
  
 今日の為に彼は色々奮発してくれたんだと思うと、恐縮する一方嬉しい気持ちになる。
 本当に彼の恋人になれたんだという事がやっと腑に落ちて来て、じわじわと幸せな気持ちが湧き起こってくる。

「あぁ――そうだ、綾、プレゼントがあるんだ。ソファの所を見て?」

 海斗は腰に回した手をほどいて彼女を開放すると、少々強引に話題を変える。
 
 言われた通りにソファセットを見ると3人掛けの方の端に丸っこい白黒の物体が見えた。
 何だろうと近寄ってみる。

「これって……!」

 綾が抱き上げたのはペンギンのぬいぐるみだ。
 
 しかも、以前彼と水族館に行ったときに綾が一番好きだと言ったアデリーペンギン。
 大きさも本物と同じ。それに作りがとても精巧でありながら、ただ再現しているだけでなく可愛さも柔らかさもある。
 
「すっごい、可愛いっ!貰っても良いんですか?」
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