氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
パーティの一幕
 パーティ当日、指定された時間に城山が自宅まで迎えに来てくれた。
 
 彼は準備して待っていた綾の姿を見て、心底ホッとしたような顔をした。
 
「もし、今日綾さんがいらっしゃらなかったらどうしようかと胃が凍る思いでした……」

「急に、送らなくて良いとか言い出してすみません、嫌な気分でしたよね」

「いいえ、海斗様に掛けられている迷惑に比べれば……いや、これは冗談ですが。どちらにしろ、急な海外出張が入ってしまったのでお気になさらないで下さい」
 
 ハンドルを握りながら城山は苦笑する。彼はもう海斗の事を「室長」とは呼ばなくなっていた。
 海斗にどこまで事情を聞いているか分からないが、彼は余計な事は言わなかったし、綾も尋ねようとはしなかった。
 
 綾がホテルから逃げ出した翌日、やはり海斗と城山は急な仕事の為、中東に飛んでいたらしい。

「向こうにいる間、海斗様の落ち込みっぷりったら酷かったですよ。いつも以上に淡々と仕事はこなしたんですけどね」

「……海斗さんは落ち込んだりすると、どんな風になるんですか?」

「元々『氷の貴公子』といわれるほど冷淡な方ですが、それに拍車がかかります」

 纏う雰囲気が更に冷たーくなって……周り、主に私がチルドにされます。とわざとらしく顔をしかめて見せる。
 
「氷の貴公子……」

 貴公子の呼び名は彼にぴったりだが、氷、というのはあまりピンとこない。

 確かに赤井への態度や、立ち聞きしてしまった電話の声は冷たいものだった。
 しかし綾に対する表情に冷たさを感じた事は無い。気が抜けた笑顔だったり、優しい眼差しだったり。穏やかなものだ。
 
「綾さんにだけですよ、あんな顔を見せるのは……あれだけ理知的な方なのに、貴女が関わると途端に人間的になる」
 
 だから、怖かったのかもしれませんね。と城山は呟くように言った。
  
 ベリーヒルズに到着し、ホテル内の美容室に案内され、店員に引き渡される。
「手はずは整えてありますので、お仕度が出来たら、53階においで下さい」と言葉を残し、城山はその場を後にした。
 
 店内は今日のパーティの招待客だろう。沢山の女性客の対応で慌ただしい雰囲気だった。
 しかし、綾が案内されたのは店の奥の方に一つだけある個室だった。
 VIP用の特別室には、すでに綾が身に着ける紺色のドレスやアクセサリーなど一式が準備されていた。
 手ぐすねを引いて待っていたスタッフに、着付け、メイクやネイル、ヘアセットなど次々に施されていく。
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