氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
「あなたのせいです!あなたがあんな電話なんてしてこなければ、こんなにややこしい事にはならなった」

 黙っていてくださいと、溜息を付く。
 さすがの海斗もこの一癖も二癖もある祖父の前ではポーカーフェイスを保ちきれないらしい。

「あぁ、あの時の電話を聞いてアーヤは誤解したのか。それで嘘を付かれたと」

 ラウファルは顎髭を撫でながら納得したように呟く。 
 
「綾……あの時話していた相手は殿下なんだ。仕事の話にかこつけて電話してきて『お前恋人はいないのか?』とやけに聞いてくるから」

「綾とのデートが上手く行ったのなら海斗から嬉しい報告が聞けるのでは無いかと思ってな」

「そんなに急に何とかなる訳ないでしょう、あまりにしつこいから、ああいう言い方をしてしまった。まさか殿下が綾と知り合いになっているなんて、知らなかったから」

 ラウファルは有り余る財力と権力、そして愛情で、海斗の恋路に色々口を出してく可能性があったので、慎重に進めようと思っていた。
 もし綾がラウファルに気に入られなければ、無理やり別れさせるような事をしかねないからだ。
 杞憂だったけどね、と海斗は苦笑する。
 
「でも、僕は嘘は言っていないよ?綾と結婚すれば、まず僕が幸せになる。綾を幸せにするために、仕事をがんばろうとやる気が出る。社長の僕が頑張れば会社に利益が出る。恩のある三笠にも還元できるし、メリットしかないじゃないか」
 
 さも当然のように言われ、綾は恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。
 ラウファルは愉快そうに笑い、傍らに立つ城山は生暖かい表情で見守っている。
 
(そういう事だったの……?あんな冷たい言い方してたから私はてっきり必要が無いと思われているのかと)
 
 まっすぐ自分の事を想っていてくれた事実に、心の中に深く打ち込まれていた楔のようなものがするりと抜けていく気がした。
 
 赤い顔のまま放心した綾の手を取り、海斗は徐に立ち上がる。
 
「そろそろ失礼してもよろしいでしょうか。綾とふたりで話をしたい」
 
「構わぬ。そうだな、お互いの気持ちをキチンと確かめ合ったらいい……ああ、アーヤ」
 
 退出の許可をしたラウファルは思い出したかのように言う。

「奇跡を、大事にする気になったかい?」
 
「……はい」

 海斗に立たされ腰を取られながら、綾はコクリと頷く。

「それがいい。なんせ……」

 ラウファルは目じりの皺をさらに深めた。

『アーヤ』はアラビア語で『奇跡』を意味するんだから。
 
< 65 / 72 >

この作品をシェア

pagetop