厳島に散ゆ~あんなに愛していたのに~
 夕闇が迫ってきた。


 西の空には三日月が浮かんでいる。


 花鳥風月、ありとあらゆるものを目にするたびに思い起こされるのは。


 御屋形様との甘い思い出ばかり……。


 「叶わぬ想いにその身を焦がす美男を眺めるのも、趣がある」


 突然降り注ぐ女の声に驚き、顔を上げる。


 「お人が悪い」


 視線を逸らす。


 目に浮かんだ涙を、気取られぬよう。


 「月に愛しい人の面影でも重ねておったか」


 「……明日の天気を占っていただけにございます」


 私の苦しい言い訳など見透かしたように、妖艶な笑みを浮かべるのは。


 万里小路貞子(までのこうじ さだこ)。


 京の名門公家・万里小路家出身で。


 御屋形様のご正室。


 わずか15で京よりこの山口の御屋形様の元へ嫁いでから、もはや20年近い時が流れた。


 大変教養があり賢く、気持ちが強く、そして美しい御方であられるが。


 御屋形様との間に、御子はいらっしゃらない。
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